2023/11/04

23年版 ぼくらのための業界研究 その6

おわりに

さて、少し遠回りした気もしますがまとめです。業界の動向に国のアクティベーション戦略が影響を与えています。2000年代に積極的労働市場政策が導入され、2010年以降は対象者や制度のカテゴリーを横断する政策となってきています。就労支援事業は2006年施行の障害者自立支援法で就労継続B型(雇用契約なし),同A型(雇用契約型),就労移行支援の三種の事業所に区分されました。さらに2016年発効の改正障害者雇用促進法では,雇用における差別禁止や合理的配慮が義務付けられました。こうした動きは雇用と支援が接近しつつあると言えます。

就労支援市場において就労系は移行、A型、定着の3サービスで営利組織が60%程のシェアを占めています。営利の事業の特徴のひとつは、企業と利用者をつなぐスキームを組んだサービスです。つまり雇用と支援の連携をテコにしています。同時に企業と補完的関係にあります。こうした組織の多くはソーシャルベンチャー(SV)と呼ばれる組織です。ソーシャルビジネスとは「社会性」「事業性」「革新性」の三つを備えたものと定義されます。SVの存在感が増す背景には営利は社会貢献が求められ、非営利には事業としての自己完結性が要請される流れが定着しつつあります。言い換えれば、営利と非営利は接近しています。

積極的労働市場政策の整備が進む日本においても,欧州の労働統合型社会的企業(WISE )の活動についての関心が集まっています。障害者就労事業所を分析対象にした米澤氏(2009)は共同連を事例として、補助金収入など政府からの再分配と事業収入などの経済領域からの市場交換、社会関係資本の互酬の要素が組み合わされる結節点としての機能を指摘します。米澤氏は、制度ロジックの視点から支援型と連帯型に類型化し分析しています。そして両者では異なる価値基準が存在していることを明らかにしています。支援型は中間的就労における就業と伴走型支援を組み合わせ一般就労へと結びつけます。これに対して連帯型は共に働く仲間として当事者間の運営参加を重視し、連帯と反能力主義的です。就労の捉え方とそれによる社会的包摂の目指す方向性の違いが認められます。一方、両者に共通する点として、生活に足るだけの収入は就労によってのみでは得られないことを指摘します。なぜなら専門職ロジックと民主主義ロジックは市場ロジックを緩和する機能を果たしていて、それゆえに就労だけで生計の保障を行うことは難しく、社会的企業による就労機会の提供は所得保障政策と代替的関係にあるのではなく補完的関係にあると述べています。

就労支援事業を行う社会的企業を対象にした非営利組織や社会政策領域の先行研究に共通しているのは、組織あるいはセクターを区分する境界線が可変的という点です。セクターに基づいた一元的な原理によって組織を区分することは難しくなりつつあり、組織内部に複数の論理が共存するハイブリット性のなかで福祉の生産が行われることが示されています。支援の多様性はそのハイブリット(混合)の程度によって生じると考えられています。つまり複数の運営メカニズムの重なり合う部分の組織レベルでの違いは対象者への支援に左右します。

欧州サードセクター論の代表的研究者のエバース氏(2007)によれば、それは同時に、組織の多元的な役割や目標を反映して他とは異なる新しいコーポレートアイデンティティの確立につながりえます。エバース氏はサードセクターについて、多元的経済構造の内部に埋め込まれ、市場、再分配、互酬という3つの原理のトライアングルゾーンにサードセクター経済を位置付けて、3つの経済原理のハイブリット化と表現しています。その混合原理が経済原理としてあり得る点において、経済のあり方を改革する経済として位置付けます。その担い手が社会的企業としています。社会的企業を既存のサードセクター組織を変形していく動態的な過程として把握します。
これに類似した考えとして、藤井氏(2020.P42)は近年イタリアや英国で発展しているコミュニティ協同組合は組合員の閉鎖的な利益を志向する共益型の社会的経済と多様なNPOを含みこむ連帯経済の中間に、地域に密着し公益性を志向するマルチステークホルダー型の協同組合の領域が広がることで社会的経済と連帯経済が接合しやすい状況が生まれていると述べています。その中間の経済として広がりつつある社会的連帯経済という概念を次のように説明します。連帯経済にとって社会的経済が資金調達を含む経営基盤を強化させる重要な連携相手となり、一方、市場から会社化のプレッシャーを受け続けてきた社会的経済にとっては連帯経済との連携が言わば再相互扶助化として機能する。両者の接近の中から社会的連帯経済という言葉が選択されるようになってきた。これを公益性と共益性、それと事業性の高低という二つの次元で整理して社会的企業を位置付けています。

社会的企業のハイブリット機能は、結果的に強く出ている制度ロジックと両立の工夫に向けたマネジメントのあり方 が組織成果と密接に関連しています。そのため両ロジックを両立させる組織的工夫が成果に影響します。(横山2020)組織的工夫は3つの類型があります。(Mair et al.2015 )そのうちの一つは、新しいガバナンス実践と組織プロセスやオペレーショナルな実践を発展させるイノベーティブな方向を志向すること。カナダ・オンタリオ州のケースからは、親組織と子組織の関係は、子組織を通して地域課題の解決と組織の成長を両立すると同時にハイブリット機能を拡大していると捉えられる気がします。
就労支援事業は段階的就労の場と相談支援を組み合わせて一般就労へつなげる制度的な後押しのなかで、雇用と支援の接近が進展していくと予想されます。つまり雇用側企業と支援側組織は補完的関係性を増していくと考えられます。他方、連帯型の就労支援では対象範囲の拡大が進展していくことが予想されます。フォーカスされてきたのは市場交換だけでなく互酬性や再配分をハイブリットしたオルタナティブな経済を地域を基盤に作っていくことでした。新たな事業展開の条件は今後の経営モデル研究が待たれるところです。ひとつの仮は新しガバナンスと組織プロセスを持った子組織が考えられそうです。ではまた!
 
エバース編 欧州サードセクター 日本経済評論社 2007 p339