2023/11/04

23年版 ぼくらのための業界研究 その2

ソーシャルビジネスと営利と非営利の接近

就労支援市場の経営主体別シェアが見当たらなかったので、令和4年障害福祉サービス等経営概況調査からザックリと売上シェアを計算したところ(注1)、就労系は移行、A型、定着の3サービスで営利が60%程のシェアを占めています。一方、B型は社福が50%のシェアを占め、次いでNPOが30%です。各々が単独で過半数を占めるシェアを持っていることから制度サービスは棲み分けがされていると言えそうです。就労系3サービスでシェアを占める営利の事業の特徴のひとつは、企業と利用者をつなぐスキームを組んだサービスです。つまり雇用と支援の連携をテコに企業と補完的関係にあります。

 
話題の組織を見てみます。たとえば、株式会社リタリコは「障害福祉・教育・介護領域で事業を展開し、店舗(直接)サービスとして主に発達障害のある児童への学習支援や働くことに障害のある大人への就労支援をおこなっています。国内最大級となる200拠点以上を自社で運営しています。そして直接支援で培った様々な知見やデータをプロダクト化し、自社のプラットフォームを通じて業界全体に普及させることを目的に、近年はテクノロジー領域への展開にも注力しています。具体的にはプラットフォーム事業として対当事者・ご家族・福祉事業所・学校・企業・従事者など、多様なお客様へ多くのプロダクトを提供しています。2021年2月にグループインした福祉ソフト株式会社(2023年1月にLITALICOと合併)や2022年4月にグループインしたプラスワンソリューション株式会社とも一体化した事業運営をスタートさせており、今後障害福祉の全領域および高齢者福祉(介護)の全領域をターゲットとした事業戦略を描いています。」就労移行支援と幼児教室や学習塾などのBtoCサービスと、企業と障害者福祉施設向けに人材紹介サービスや公費請求に関する業務代行などのBtoBサービスを提供しています。

株式会社ヘラルボニーは岩手県発のソーシャルベンチャーです。「知的障害のあるアーティストが描くアート作品を商品化し、社会に提案するブランドです。具体的には国内外の知的障害のある作家とライセンス契約を結び、2,000点以上のアートデータを軸に自社ブランドやライセンシング事業を行っています。事業の中心はアートデータとそのライセンスです。著作権としてお預かりした作品をデータ化し、そのアートデータをさまざまなモノ・コト・場所に展開しています。作品がプロダクトとなってリテールに流れたり、建設現場の仮囲いやオフィスに展開したり、各種パッケージに展開したり。現在は自社ブランドも運営していますが、基本的にはさまざまな企業や地方自治体などご依頼のあったお客様に高解像度のデータをお渡しし、そのライセンスフィーを作家に還元しています。」著作権を軸にしたIPビジネスを行っていてます。

スタートライン株式会社は障害者雇用支援総合コンサルティングサービスを利用者と企業向けに提供しています。具体的には「IBUKI 農園は天候の影響を受けにくい屋内型農園を活用した、障害者雇用の仕組みをワンストップで提供するサービスです。企業に雇用された障害者は、ハーブや葉物野菜、エディブルフラワー等の栽培装置が設置された執務スペースで、栽培品種の選定や育成に従事します。栽培した作物は、企業ごとの用途に合わせてハーブティーなどに二次加工をおこない、営業活動や採用活動のノベルティや福利厚生として社員に振舞われたりして活用されます。IBUKIの施設には、障害者雇用支援の専門的な知識を有した当社社員が常駐しており、安心して働ける環境が整っています。サテライトオフィス型雇用支援サービスのNCLU(インクル)は、職域開拓や採用、適性判断やチームビルディング、定着や能力開発に関する相談までトータルで支援します。バリアフリーというハード面の環境だけでなく、障害者雇用支援の専門的な知識を有した当社社員が常駐しているため、様々な障害種別の方が安心して就業することができます。」企業向けに障害者雇用をプランニングから課題解決までトータルサポートを提供しています。

3つの組織の資金調達と成長の側面を見ると、リタリコは14年社名後に16年マザーズ上場(5億)、17年一部上場(2億超)しています。売上高は2012年は17億で2022年は197億となり10年間で11倍に増えています。2021年にはテクニカル上場という方法で公費事業と私費事業を分離し私費事業の成長加速を実現するためグループ体制の再編成を行っています。ヘラルボニーは18年設立後、21年シリーズA資金調達(1億超)しています。売上高は18年に設立してから毎年2~4倍前後で増えています。2027年に株式公開を予定し、売上高は5年間で10倍の達成を目論んでいます。(注2)

 
こうした組織の多くはソーシャルベンチャー(SV)と呼ばれる組織です。日本におけるソーシャルビジネスの定義としては 2008 年に経済産業省が発表した「ソーシャ ルビジネス研究会報告書」(2008)によるものがあります。この報告書では「社会性」「事業性」「革新性」の三つを備えたものをソーシャルビジネスと定義しています。2つの領域があり一つは「市場の対応を超える領域」、ビジネスが扱うには市場が小さすぎ利潤が確保できないと考えられてきた領域に、ソーシャルビジネス事業者が様々な事業スタイルと事業戦略をもって対応するようになっています。もう一つは「政府・行政の対応を超える領域」で、福祉、教育、環境、健康、貧困、コミュニティ再開発、途上国へ の支援など、従来は政府・行政などが担ってきた領域です。(谷本2006)2018年の日本政策金融公庫のソーシャルビジネス関連融資実績では「社会的課題の解決を目的とする事業者」向けの融資が、2,527 件(同 125.0%)、170 億円(同 119.9%)と大きく増加していて存在感が増しています。
 
その運営主体はNPOなどの非営利組織はもちろんのこと、株式会社や合同会社などの 営利組織としての形態をとっていても、その組織の目的が社会的問題の解決を目指している場合にはソーシャルビジネスに含まれるものとして考えます。SVの存在感が増す背景には、神座氏(2006)によれば、営利企業といえども社会貢献を意識せざるを得ない流れがあります。一方で非営利であっても自力でキャッシュフローを生み出す努力をして組織のサステナビリティを確保しなければ高遇な社会貢献の理念は実現できません。つまり、営利は社会貢献が求められ、非営利には事業としての自己完結性が要請される流れが定着しつつあります。別の言葉でいえば、営利と非営利は接近していると言えます。
 
それから、社会貢献を別会社形態で行うことを希望する企業はソーシャルベンチャーに適した資金提供者となります。大企業の豊富な経営資源が活用されれば、SVが単独でなしうる社会貢献レベルを超える。多くの営利企業が社会貢献事業に進出すればSVの役割を営利の持つ潜在的な社会貢献能力をどのように社会還元させるか、その知恵を絞ることにシフトするという戦略が浮上すると指摘します。実際、就労支援市場で農園・サテライトオフィス型雇用支援サービスが急拡大しているのは、新戦略の現れと見ることができます。
もう一つ見逃せないのが、事業型NPO(注3)の動向です。NPO制度が発足してから 20 年以上が経過した今、NPO 法人の数は2014年ごろから5万超で頭打ちになっています。20 周年にあたる 2018 年 度には初めて前年を下回っています。(注4)代わりに2006年の公益法人改革によって新設された一般社団法人の数が増えています。(一般財団と一般社団法人数は69814)こうしたなか経営学系の非営利組織研究では、近年は社会的企業やソーシャルイノベーション、社会起業家といったものに実践も研究も分化しています。(吉田2019)

 
(注1)経営主体別の事業所当たり事業活動収益額X客体数/事業活動収益合計額から算出。グループホーム系は包括型で社福が60%のシェアを占めています。日中型のシェアは営利50%と社福40%です。外部型は社福40%に次いで医療法人20%とNPO17%です。児童系については、放課後デイは営利が60%のシェアを占めています。次いでNPOが20%です。一方、発達支援は社福が60%のシェアを占めています。
(注2)目下、スタートアップ第4次ブームと言われ大企業の資本と業務提携が生じている。VCやCVCによるベンチャービジネスの常識を注入した事業のブラッシュアップ、つまりキャッシュフローを生み出す仕掛けであるビジネスモデルやその実現可能性について厳しいデューディリジェンスを行うこと、投資先の経営状態を常にチェックしハンズオンを行うこと、提供した資金の投資成果を明らかにすることなど、V Cの支援は財務管理、資金調達、IT、PR、プログラム評価と成果管理、人的資源、戦略計画、法務、リーダーシップ開発、経営層人材の採用、訓練などに及ぶ。
(注3)事業型NPOとは、寄付や会費、行政からの補助金や助成金にだけに頼らない事業構造であるため収支の均衡という事業性の実現が求められる。谷本(2006)では,ソーシャ ルビジネスの組織形態を,事業性と社会性の 程度によって,事業型NPO、慈善型NPO、中間組織、社会志向型組織、一般企業に分類しています。たとえば、病児障害児保育のNPO 法人フローレンスの収入の内訳は、 事業収入 約 73%、 民間助成金等 16.1%、 寄付金 10.7%。NPO法人カタリバ は約 4 億円の収入のうち、寄付が 2 億円、事業収益が 2.3 億円。2010年頃NPOの収入源の多様化の議論が盛んになった。 馬場と石田は短期的には事業収入拡大だが持続可能性を高めるのは中長期的には寄付助成が有効であることを示した。ファンドレイジングは貧困問題など深刻な国際的な問題の事業タイプは、 より広い範囲の人々からの継続的な支援は得られやすい点があり、 ファンドレイジングの導入によって、 もう一つの収益の チャネルとして効果をもたらすと考えられている。 一方、 特定の人々や地域に限定されたタイプでは、 ファンドレイジングを高く評価してしまうことには限界があるとされる。 こうしたなかで商業化のメリットは, 財政難を乗り越え自主財源による自立ということがあげられる。キャッシュフローを確保するために事業規模と生産性を上げることが肝要とされ、成長の障壁と経営資源の蓄積という問題に直面する。,一定以上の収益規模を構築するためには, 現時点では介護保険,障害福祉サービス,障害児通所支援などの制度内サービスや,物理的な施設(駐車場 や児童館など)を運営する指定管理や委託事業などある程度まとまった契約額の事業を行うこと以外にほかの選択肢は考えづらいと指摘している。(田中ほか2010)
(注4)一つの理由はNPO 業界では、これまで牽引してきた団塊世代が 第一線を退く時期に入り,事業承継問題がク ローズアップされるようになり,全世界的に NPO の大きな経営課題となっています。(横山2022)
谷本2006 ソーシャル・エンタープライズ(社会的企業)の台頭 中央経済社  2006年
神座(2006) 概論ソーシャルベンチャー ファーストプレス 2006年