2023/11/04

23年版 ぼくらのための業界研究 その1

就労支援業界の概況

就労支援とは何でしょうか。障害者福祉全体の令和5年度予算案は1兆9,562億円です。この15年間で3倍以上に増加し、毎年1割程度伸びています。障害者総数は1,160万人で人口の約9.2%に相当し、利用者数は令和4年12月で147万人です。ともに近年増加傾向にあります。(注1)在宅で生活している知的障害者数は全体の 88.9%に当たる96万2 千人です。そうした方々の多くが利用する就労継続支援B型の利用者数の58%を40歳以上が占めています。(R4厚労省報酬改定資料)利用者の方々の高齢化と暮らしの支援ニーズの顕在化が進んでいます。

一方、労働年齢人口については精神障害者数が増加しています。身体障害者数436万人の次に多く、精神障害者数は419万人です。精神障害者の方と発達障害者の方は就労移行支援の主たる利用層であり、就労移行支援の事業所数は 2007 年の 603 事業所から,右肩上がりに増加して,2018 年には 3,503 事業所 になっています。(横山2020)
就労支援市場規模は、2021年度の事業者売上高ベースで6,931億円です(前年度比7.9%増)。そのうち「人材紹介・採用代行サービス」が26億円(同13.0%増)、「農園・サテライトオフィス型雇用支援サービス」が97億円(同24.4%増)でした。この市場は「就労継続支援A型・B型」が占める割合が高いものの、「農園・サテライトオフィス型雇用支援サービス」が調査対象4分野の中では最も高い伸び率で推移しており、規模を急速に拡大しています。一部のサービス提供事業者では自社で培ったノウハウを顧客企業へ伝授する取り組みなどを推し進めています。こうした顧客企業内での障がい者雇用に関するノウハウを習得、蓄積するための支援がますます重要視されていくものと予想されます。(日経2022年07月13日付) 

新たなサービスの担い手はソーシャルビジネスを掲げた株式会社です。サービス給付の量拡大により福祉の生産供給の多様性が増しています。同時にそのために多様な組織主体から構成されるサードセクターが結果的に注目されています。(米澤2017)この流れを政策が後押ししています。たとえば2024年4月に新たに創設される就労選択支援サービスは、就労系障害サービスの利用を希望する障害者へのアセスメント実施を制度化し、雇用施策と福祉施策の連携が強化されます。この支援の手順は中間的就労における一般労働市場への移行を目指す場合の典型的な支援の流れと言えます。サービス給付量が増えるなか雇用と福祉の連携をテコに、従来サービスを提供してきた組織とは違う新たな組織の存在感が強まっています。

ここでは、就労支援事業を行う多様な組織形態を通じて、業界がどのような方向を向いているのかを理解すること、あとは新しい事業の展開のヒントを見つけたいと思います。そのことを通じて就労支援業界へ転職を考えている方が就職先の将来性を見通すポイントも見つかると思います。そもそも就労支援市場は行政との取引および政府が一定コントロールする準市場が形成され、そのあり方を定める障害者総合支援法は3年に一度見直されます。同時に報酬も変わります。そこでは政策の各論点だけでなく、制度や障害福祉サービス等のあり方そのものに関して中長期的な議論がされます。つまりルール作りとその効果の修正を繰り返しつつ制度の姿がアップデートされるので事業環境は変わり続けます。そのため政策動向は外部環境の大きな要素となります。 

大きな流れでは2000年代にアクティベーション戦略(注2)による積極的労働市場政策が導入され、2010年以降は対象者や制度のカテゴリーを横断する政策となってきています。そこでの論点に社会的企業が挙げられ新しい法人制度を含む議論があります。社会的企業の議論は学術界のサードセクターや非営利組織の理論的発展においても主流になりつつあります。(吉田2019)なので社会的企業を理解することはひとつの重要なポイントと考えられます。それと、これまで利用契約に基づく利用者支援の提供をもって公益性への貢献としていた社会福祉法人は、地域住民に対する生活課題の支援、つまり地域公益活動の要請があります。これにどのように対応するかを社会的企業に引き付けて考えてみます。 

(注1)今後の福祉業界の市場規模は他業種を抑え25兆円ほどともいわれる。介護業界の市場規模は10兆7,812億円(2019年度)で半分ほどを占める。
(注2)アクティベーション戦略とは福祉国家再編の方向性としてベーシックインカムやワークフェアと並んで、人々の労働、社会活動への参与を促進する戦略で先進国に共通にみられる。積極的労働政策との違いはより幅広い政策手段を含むこと、所得保障のみによって生活保障をなすのではなく人々が生産活動に参与することに価値を置く。
横山2020 制度ロジックからみた社会的企業のマネジメント
米澤2017  社会的企業への新しい見方 ミネルヴァ書房
吉田2019 日本におけるN P Oの経営学的研究
 
 

就労支援事業の経緯と雇用と支援の接近

まずは簡単に就労支援事業の歴史を振り返ってみたいと思います。武田氏(2020)によれば、障害者の就労は1960年代頃より小規模な障害者作業所が各地で設立されるようになり,70年代には全国作業所連絡会, 全国授産施設協議会といった全国団体の組織も結成されるとともに,国の補助制度も徐々に整備されるようになっていきました。1984年に設立された共同連が打ち出した共同事業所構想から発展した社会的事業所において,障害者と健常者の協働の生活・労働の場が作られてきたとされます。(藤井2017、米沢2017 )ほぼ同時期には失業対策事業労働者の組合とワーカーズコレクティブ,ワーカーズコープ等協同組合の連携による就労支援事業も始まっています。
政策枠組みとしては障害者雇用促進法を別として、身体障害者福祉法,知的障害者福祉法がそれぞれ授産施設の設置を定めるのみで,障害者の就労は一般労働市場から切り離された形で,かつ小規模に営まれるものがほとんどでした。障害者就労支援の制度的枠組みがより体系的に整備され たのは,2006年施行の障害者自立支援法です。これにより,従来の障害者作業所は就労継続B型(雇用契約なし),同A型(雇用契約型),就労移行支援の三種の事業所に区分されます。
同法は2013年施行の障害者総合支援法に改正され,これは翌2014年の国連障害者権利条約批准に向けた国内法整備であり,差別禁止や当事者の自己決定権,合理的配慮等の権利条約の主要な理念 が盛り込まれました。さらに2016年発効の改正障害者雇用促進法では,雇用における差別禁止や合理的配慮が義務付けられます。
障害者雇用率上昇に向けて、保守的な施策アプローチは労働供給戦略として職業リハビリテーションがあり、より野心的な戦略は労働需要アプローチと呼ばれ、法定雇用率,雇用者の義務とインセンティブ,雇用補助金等が採用されています。こうした動きは雇用と支援の接近と言えます。
もう一つの流れは貧困や社会的排除の問題の現場、つまり若者、ホームレス、生活困窮者、シングルマザーの就労支援を目的とするもので対象者の拡大があります。2015年の生活困窮者自立支援法の担い手となったワーカーズコレクティブなどがサービス提供主体としてあります。近年の就労支援政策は対象者と制度を横断した取り組みが行われています。

武田氏(2020)労働市場政策と障害者就労支援の接近2020