2023/05/08

ワークスタイルディギング 対人援助職の専門職性 第4回

看護師とケアリング

看護師の職場は不規則な勤務の他に時間外が多く、その大部分を間接看護業務が占めています。間接業務とは記録、看護師間の報告と申し継ぎ、医師への報告連絡、薬剤業務、入退院時の世話などです。過去5年間の看護師の有効求人倍率は2倍前後で離職率は11%前後となり看護師不足が定着しています。これを受けて就労環境改善のための政策が打ち出されています。(注13)人材確保・定着のためのキーワードとしてワークライフバランスが挙げられています。(注14)
*わが国の臨床看護師におけるワーク・ライフ・バランスに関する文献検討本島ほか2016
 
看護技術の適用は看護実践と呼ばれ、客観性があり再現可能なものである側面と、個別性を持ち、相手や場に応じて適用するので再現不可能なものであるという二つの側面を併せもっています。後者について、西田は看護師がケアの受け手に「寄り添いたい、寄り添わねばならない」 と真に感じることがケアリングの根底になければならなず、それは相手を身に感じとることでやり方ではなくあり方なのであると表現しています。**
**看護における〈ケアリング〉の基底原理への視座: 〈ケアリング〉とは何か西田2018
 
看護師のケアリング行動の調査によると(注15)患者の容態の読み取りは、身体反応として表現される微細なサインを感じ取る、違和感を手がかりに心情を推し量るなど非言語的反応の変化から看護師は読み取っていたことを示しています。一方で患者のその時々の反応のみならず,これまでに患者に起こった出来事や治療経過を踏まえたうえで患者の心身の変化を察知していました。つまり意思をくみ取るために,患者を全人的にとらえ連続した時間軸のなかで,目の前の反応を意味づけていくことで、より深くとらえていたと言えます。
 
 

ケアリングのあらまし

ケアリングという用語が注目され始めたのは、哲学者のメイヤロフの「ケアの本質 On Caring」が1971 年に出版されてからです。日本では1989年と1992年 に開催された看護学の国際学術集会において、ケアリングに関するセミナーが設けられたことを機にケアリング概念の普及が推し進められました。それから現在に至るまで、ケアリングは看護の中心的概念として認識され続けています。メイヤロフのケアリング論は看護や医療といった個別の職業としての視点から論じたものではなく、諸分野に通底する原理的で本質的なケアリング論でした。**加えて、多くのケアリング理論家の源泉となっている相手を援助することによって、ケアリング提供者も自己実現するとして、ケアリングは相互関係であることを示唆しました。***ケアリングにおいて重要なことは、私がその人の立場であったらという捉え方ではなく、その人の背景や価値観等も含めて私とは異なる存在としてその人はどう捉えるのかという、他者経験を分かち持つことを示しています。
**前掲西田2018
***ケアリングの概説筒井2018
 
先のアメリカの教育学者のノディングズはケアリングを相手を受け容れる専心没頭と、その結果として生じる動機の転移の二つの語を用いて記述しました。**
**前掲西田2018
専心没頭とは他者を受け入れるためには、その人が私に向けて物語ること、他者が伝えようとしていることを誠心誠意、聞いて、見て、感じることで、私はその人の喜び、あるいは苦しみを感じようとすることである。その行為にあたってはケアする人の視点ではなく、ケアされる人の視点から出立するという動機の転移を契機とすると言っています。
つまり私の関心が私自身の現実からその人の現実へと移転することで、その人が何に困難を感じているのか、今、何を欲しているのかを自分のこととして受け止めるのである。****
前川氏は、ケアされる人の視点をもつとは、私がその人の立場だったらどうするのかではなく、その人の生きられる世界において、その人を理解しようとする在り方と言います。それはその都度事態にそいながら柔軟に対応するため、ケアリングの関係とはケアする人とケアされる人との応答的な関係の更新と共に、ケアリングの在り方も更新されていくことになると述べています。
ここで追加しておきたいのは、看護学におけるケアリングの先行要件として重要視され始めてきたのが環境です。ケアする人が支持される環境があって、ケアリングが可能になりケアリングによって環境も変化するとされて、環境がケア提供者を支援するためには、何が必要なのかを探求することが一つの課題とされます。(ケアリングの概説 筒井2018)
これはスピッた話ではなく、ここでおさえておくべきことは専心没頭と動機の移転です。ケアされる人の喜びや痛みを感じる専心性とその人の視点を持つ動機の移転によって私の関心が自分の現実から離れ他者を受け入れる、それは一方で、人格的要素を取り込んで境界線が明確でなくなっている事態を打開することに通じるように思えます。
****ケアリングと教えること 前川幸子
 
 

新しい組み合わせsomething new

ここからはコンピテンシーとリフレクションが内包する独善や特定の要求に応える偏りと人の深く柔らかい部分を含む全体的な能力を評価する難しさとという限界に対して、それを補うような何かを探してみたいと思います。手がかりはこれまで二つの概念の中で繰り返し言及されてきた協働、環境、人と人の関係性、他者経験へと向かうような何かの気がします。あと追加要素を含む各要素がどのような関係になるのかという点についてもあわせて掘り下げたいと思います。前者は先見的かつ未来志向的な行動全般を指すプロアクティブ行動がヒントになりそうです。なぜなら、他者との関係性へ向かう行為を意味する協働や人と人との関係性と、先見的かつ未来志向的な行動全般を指すプロアクティブ行動はともに、能動的で主体性を持つ個人の行動を指すという共通点を持っているからです。後者は看護師を対象にしたケアリング、リフレクション、プロアクティブ行動の関係性の実証調査を見ていきます。
 
 
注13 政策対応では、復職を支援するナースセンターや勤務環境改善や再就業支援する医療勤務環境改善支援センターが都道府県にあるほか、2014年から地域医療介護総合確保基金を創設し看護人材の確保養成のための研修や就労環境改善のための体制整備を図っている。
 
注14  岡部らは、WLBを考えるうえで、何を重要視するのかは、個々によって差があり、人生設計において何に価値を置くかは人それぞれであるため、バランスの在り方は主観的な評価に基づいていると述べている。個人に関連する要因は、「経験年数」「婚姻の有無」「子供の有無」「精神的健康度」「身体疲労」「健康習慣」「キャリア形成志向の有無」「生活のゆとり」「仕事や生活の評価」が関連していた。本来の目的とされる看護師のWLBとサービスの質の向上や生産性との関連の実証研究はない。これに関連して一般企業の社員を対象にした調査ではWLBの追求のみでは生産性の向上は見込めなく、ポジティブ・アクション、つまり働く事や、仕事に対する意欲の高い女性を積極的に登用し、能力を発揮してもらうという企業の取り組みや制度とWLBの関連を調査し、両方を積極的に行うことで生産性が高まると報告されている。
 
注15 大崎ほか2019は、ICU看護師のケアリング行動を調査するため、ICUで勤務する、臨床経験年数が平均12年、ICU経験年数が平均8年の看護師 5 名に対してインタビューを実施した。その結果、ICU看護師のケアリング行動として 7 つのカテゴリーと 17 のサブカテゴ リー,50のコードが抽出された。例えば、患者から表出される心身の反応の変化を、メッセージとして認識し受け取ることにより、患者の主観的な体験を意味助ける声にならない反応を意味づける。この読み取りは3つのサブカテゴリー、身体反応として表現される微細なサインを感じ取る、違和感を手がかりに心情を推し量る、非言語的反応の変化から苦痛を読み取るが含まれていた。そして意図 をもって患者と積極的に意思疎通を図り続けることで ニーズを引き出していた。