2023/05/06

ワークスタイルディギング 対人援助職の専門職性 第2回 

コンピテンシーのあらまし

コンピテンシーは、はじめに心理学で開発され発展し経営学と教育学に普及した後、経営学から看護学にもたらされた概念です。心理学ではIQ だけでは測れない能力観について読解力や計算力と言った認知能力に加えて、性格変数とされてきた要素をコンピテンシーとして考えるようになりました。それが発展して経営学で人事管理に応用され、コンピテンシー・モデルとして企業において人事管理や評価に使われました。経営学のコンピテンシー・モデルを看護学でほぼそのまま踏襲したアプローチで看護師の管理・成長に活用しています。(注5)
*複数の学術領域におけるコンピテンス概念把握の試み 西・加藤2017
 
 
経営学においてコンピテンシー概念を確立したスペンサーは、コンピテンシーを「ある職務または状況に対し、基準に照らして効果的、あるいは卓越した業績を生む原因として関わっている個人の根源的特性」として定義し、その職種の有能な人をモデル化したコンピテンシーモデルを作成しました。
ただ、スペンサー自身が氷山モデルを用いて述べているように、スキル・知識(氷山の上の見える部分に位置する)は比較的開発しやすいが、特性、動因(氷山の水面下に位置して見えない) は人格の中核的なコンピテンシーであり評価・開発が難しいところがあるとしています。
実際、児童発達支援職を対象にしたコンピテンシー要素の調査では、関心意欲態度は専門性のためのコンピテンシーの土台になるとして、初期キャリア形成期のコンピテンシーモデルは、児童発達支援に携わる土台になる意欲や関心と社会人として基礎的な力が必要と指摘しています。**(注6)
**幼児期の障害児通所支援に携わる支援者の専門性向上のためのコンピテンシーモデルの検討 藤田2019
こうしたコンピテンシー・モデルを実際に運用する際の課題として、網羅的で数が多すぎる、他社の借り物で内容の差別化ができないなどがあげられています。
コンピテンシーの批判の多くは、コンピテンスとパフォーマンスの相違点や、ケイパビリティ(注7)や卓越性といった他の概念とコンピテンスの違いが不明確であり、コンピテンスの認識に混乱が見られ、その評価基準の有効性に関する検討が不十分といいます。
しかし、概念とモデルを区別して定義することが提案され、コンピテンシー・ モデルを用いた人材開発や人事評価の分野では期待は高いようです。***
***前掲 西・加藤2017
たとえば、福祉職養成課程の実習教育では、実習前後を通じて学生の客観的な変化の評価、 教育目標の共通認識、教員・学生・現場指導者それぞれの立場からの教育効果の測定とふりかえりのためのツールとして活用されています。****もともとの定義や意味内容は拡大されて色んなことに広がっています。
****社会福祉教育におけるコンピテンシー評価項目の検討 藤田他 2008
 
 
先の松下氏はコンピテンシー概念の特徴として、行為志向、ホリスティックで統合的、要求に応えるもの、生涯を通じて発達変容するもの、この4点を指摘します。これらの持つ意味を対概念との対比を通して描き出しています。そしてコンピテンシーの持つ偏りに自覚的になる必要を指摘します。
たとえば、要求に応えることの対概念は価値の選択形成です。具体的にはコンピテンシーとケイパビリティを対比します。コンピテンシーが特定の要求に応える能力であるのに対して、ケイパビリティは要求を定めず人が思考し選択する自由を拡大する能力と捉えられます。
以下引用です。
 
「コンピテンシーという概念の意味的な偏りが意識されず、それだけが教育目的として価値があるように見せられることに警戒しなければならない。コンピテンシーのホリスティクな性格は人を見るレンズを増やし多様性を把握するのに寄与するはずだが、一方でそれが個人の評価においては、あたかも工業製品のスペックのような、人の “性能のリスト化につながりかねない。ハイステイクスな評価では態度・価値観の評価を行わないこと、コンピテンシーにおいて一定のレベル(最低閾値)を保証する努力は行われるべきだが、それ以上は「垂直的序列化」よりは「水平的多様化」が重視されるべきであることを、あらためて確認しておきたい」と言ってます。
 
 

変容→成長

コンピテンシーの特徴は、行為志向、統合的、特定の要求に応える、生涯を通じて発達変容するものいうことでしたが、そこから浮かんでくるのは、相手から受け取ったものへの応答というかたちで立ち上がり、個人に特有の性質を含んだ行動を起こす、その行為の核は人の深くて柔らかいところを共振させながらハートもマインドも統合して出力される能力と言えそうです。さっきよりはイメージが膨らむでしょうか?。
そう考えると、パッと見では先天的なつながりが強うそうですが、同時に変容すると言ってて、それがどのようなプロセスか気になります。まさにそれが資質・能力向上の方法ですから。
この点について、実際に教師の職能発達プログラムで採用されている反省的実践家とリフレクションがヒントになりそうです。
前回のコルブ(1984)の経験学習理論はレビンやピアジェやデューイの理論を発展させていましたが、デューイ(1938)はリフレクションの概念を提唱しています。リフレクションは省察や内省と訳されます。コルブの経験学習モデルは、経験のみから学習するのではなく,経験を多様な観点から検討する内省的観察のプロセスを伴うことで学習が生起されると説明します。でも内省的観察の詳細は明らかにしていませんでした。リフレクション(省察、内省)の構造を実践的に分析し反省的実践家を提唱したのがショーン(1983)です。反省的実践家は教師の専門職性に大きな影響を与えました。次にそれを掘り下げてみましょう。
 
 
 
注5  心理学では、ホワイトによる動機づけに関する理論的研究からコンピテンス研究が発展した。その後 IQ だけでは測れない能力観についてのマクレランドの議論から、従来の読解力や計算力と言った認知能力に加えて、性格変数とされてきた要素をコンピテンスとして考えるようになる。経営学では、マクレランドの研究から発展し、人事管理の様々な段階で応用可能なものとしてコンピテンシー・モデルを作成し、企業において人事管理や評価に使われた。看護学においては、看護管理の場面では、経営学のコンピテンシー・モデルをほぼそのまま踏襲した要素主義的アプローチで看護師の管理・成長に活用している。
心理学者ホワイト(R. White)は、1959 年に動機づけを説明する概念としてコンピテンスを提唱した。従来研究されてきた飢えや乾き、性欲といった動因に対して、探索、活動、 操作といった新たな動因には「相互に共通性が多く」あるとして、これら新しい動因を個々に独立して分析するのではなく、相互の関連の中で理解する必要を提起し、 「それらを『コンピテンス』という共通の概念の下に置くことは有用である」と説明した。
 
注6 藤田2019は、児童発達支援センターと児童発達支援事業に勤務する職員を対象として、保育学研究、社会福祉学、看護学等の先行研究から関心・意欲・態度、社会人基礎力、知識、技術、実践と省察の5領域にコンピテンシーを整理し145項目のアンケート紙を作成し無記名アンケート調査を実施。管理職38名、児童発達支援管理責任者42名、支援者500名より回答を得た。
結果は、回答者の8割が仕事の関心や意欲を持って携わっていた。回答者の9割は家族支援や記録、個人情報の重要性を理解しているのに対して、医療や特別支援教育、心理、障害児福祉サービスに関する知識を持っているとの回答者は5割を切っていた。技術に関しては回答者の8割以上が、一人一人の子どもを理解している、最善の利益を遵守した支援、日々の記録を書くことができる、子ども遊びを拡げるための支援ができる等の回答があった。一方、家族支援や心理に関する技術、地域の社会資源の紹介等は5割を切っていた。実践と省察に関しては回答者の9割以上が、日々の子どもとの関わりを通して子どもの理解を深めている、関わりを振り返っている、家族との関わりを大切にしている、ふりかえった内容を実践に活かす努力をしている、困ったとき同僚等に相談していた。その上で藤田は、関心意欲態度は支援者自身の姿であり感性、態度、信念等が包含されており、支援・人的サービスの従事者のコンピテンシーモデルの特徴は、個人的効果性のコンピテンシーが多くを占め、従事者は自分の感性、 態度、信念等と仕事が一体化していることを踏まえて(Lyleら2003)、関心意欲態度は専門性のためのコンピテンシーの土台となるして、初期キャリア形成期のコンピテンシーモデルは、児童発達支援に携わる土台になる、意欲や関心と社会人として基礎的な力を土が必要と指摘する。