2023/05/05

ワークスタイルディギング 対人援助職の専門職性 第1回

はじめに

GW後半戦。何の予定もないので近所をぶらぶら散歩していると、心地いい風にうす黄緑の葉を揺らす若葉と柔かく甘いテイカカズラの匂いがしました。街のなかの小さな緑に癒されてます。そういうのは少し前はなかったことです。突如として現れた感傷?に僕自身もビックリです。と同時にこの変化をどう捉えるか微妙な気持ちになります。
 
 
今回は当然過ぎて普段は疑問を感じることなく使っている福祉職の専門性が、実際に言葉にしようとすると結構曖昧ということに気づいたのでその話を。(今面倒臭そうと思ったあなた、正解です)
コロナ禍で失業や休業者数が増加した際に雇用の流入先となったのは福祉産業でした。そうした新規参入者の受け入れ体制作りは福祉産業にとって重要です。実際、政府の人材政策方針は、富士山になぞらえて多様な人材の参入を促進し裾野を広くしつつ専門性を明確にして高く設定すること、その中で機能分化していくことを掲げています。そう考えると、働き手が現在地が分かるように専門性がハッキリしてて体系化されていることでコミットメントを得やすくなると思います。(注0)
 
前回の話で、福祉職の仕事には対人援助職の2つの特徴がありました。サービスの生産と消費の同時性と相互作用性です。そこでの専門職性は、相手との応答的な関係のなかから現出する能力として専門職性を捉えようとします。そうすると福祉職の専門性は、個別作用ごとに考えられることになり、抽象にも具体的にも全てに通じる定義がしづらい。実際個人的に感じるのは、その重要性に反して意義や基準の議論が深まらない感があります。ようは、誰に・何を・どれだけすることが専門性かを規定するものを見出し難い。(注1)
というわけで、これまでの様々な知見から福祉職を含めた対人援助職の専門職性の特徴and成長に必要な条件をディグってみたいと思います。
はじめに、福祉職の専門性をめぐる論点として、コンピテンシーモデルを取り上げます。コンピテンシーは特性、能力、技能など様々に訳されます。新規参入者の流入増や富士山型の新しい人材確保方針を背景に、教育効果の測定や専門化の指標とするコンピテンシーが有効かつ重要であると言われています。* 熟達者の人材像をもとにコンピテンシーモデルを描き出すと同時に、段階的なモデルとキャリアパスの道筋を提示します。人材育成のフレームワークとして経験年数を重ねながら専門性向上を図ろうとゆうわけです。つまり、福祉職の成長はコンピテシーモデルとの関係によって描かれます。
ここからは理屈めいた話が多くなるので、できるだけサクッといきたいと思います。とわいうものの、コンピテンシーの話の前に専門職や資質・能力について用語と行政や職能団体のガイドラインをチェックしておきます。
*幼児期の障害児通所支援に携わる支援者の専門性向上のためのコンピテンシー 藤田2019
 
 

専門職そもそも

医者や弁護士などの専門職の古典的モデルを最初に明確にしたのは カー・サンダースらといわれます。彼らは専門職の特徴として次の4点を挙げました。1、長期の訓練により獲得された専門的知識技術,2、特別の責任感情とこれを表現する倫理綱領,3,専門的知識技術と倫理綱領とを維持・統制するための団体結社,4,利潤追求型ではない固定報酬制度であること。
こうした古典的専門職モデルの特徴を完全には具備していないことから準専門職とか中位専門職などとされてきたのが、教師や看護師や福祉職です。
1980年代になると新しい専門職論が提起され、その一つがハーグリーブスらが提唱した実践的専門職性です。実践的専門職性は教師が日常で使っている実践的な知識や判断力を尊厳と地位に結び付けようとする概念です。これまで教師の資格要件とみなされてきた専門的技術や自分のやり方など,経験に依存する実践的な知識を,教師理論の有効で中心的な位置に据えようとする考え方でした。後述するショーンが提唱した省察的実践家モデルはその一例です。**
**カリキュラムに関わる教職の専門性・専門職性の研究 櫻井ほか2012
 
ここまでなんとなく専門性や専門職性や専門職化という言葉を使ってきましたが、そうした言葉について一度整理したほうがいい気がするので、簡単に触れたいと思います。専門職性(プロフェッショナリズム)とは、専門職の従事者たる専門的職業人(プロフェッショナル )に特徴的に見い出される、固有の職業的活動の取り組み方やその遂行に関する共有の志向を意味するものとされます。***
そう考えると、専門職化とは、ある職業が専門職の構成要件を獲得していく変化のプロセスになります。なので専門職性を構成する要素を明らかにしておくことが重要になります。専門職の構成要素について、最初にフレクスナー(注2)が定義し、それらを名越氏は6つにまとめています。
***看護職の専門職性を構成する概念 葛西・大坪2005
 
①範囲が明確で、社会的に必要不可欠な仕事に独占的に従事する。
②理論的に裏づけられた高度な知識や技術を必要とし、その習得のために長期の専門的教育 (訓練)が必要となる。
③施業者は、個人としても集団としても、広範な自律性が与えられるが、その自律性の範囲内で行った判断や行為については直接に責任を負う。
④サーヴィスの提供は、営利よりも、公共の利益を第一義的に重視して行う。
⑤職能水準を維持し向上させるために、包括的自治組織を結成し、適用の仕方が具体化されている倫理綱領をもっている。
⑥その職業に従事するためには、国家、またはそれに代わる機関による厳密な資格試験をパスすることが要求される。
 
 

資質・能力とは

もともと、資質の辞書的定義は生まれつきの性質や才能です。なので専門教育という後天的な目標に使うのにはズレがあります。教育学者の松下氏は能力の入れ子構造を枠組みとすることで資質・能力の意味と範囲を明らかにしています。****
****資質・能力の新たな枠組みー3・3・1モデルの提案 松下2016
 
以下引用です。
 
「生得的な性質才能に限るのではなく、後天的にも獲得されるものと資質をみなすことで、学びの目的目標として位置付け得る。ただそうだとすると、後天的要因と生得的要因の複合の結果形成されるものという点で能力と変わるところがない。」
中略
「能力」はまず、「知識(内容)」と対で使われる。例えば知識より汎用的な能力の方が重要とされるような場合。また「資質・能力」のように、「資質」と対で使用されることもある(=「能力2」)。さらに、資質も含みこんで用いらることもある(=「能力 3」)。
中略
今日求められる知(knowing)とは、単に何かを知っているだけでなく、必要なときにそれを使って何かを行えるような知である。それは能力(doing)と結びついて生きて働く知識になっていることを意味する。資質(being)とは、何かを知り、何かができるというだけでなく、それに価値をおき、それを好み、いつでも行おうとする状態になっていることを意味する。つまり資質には価値、選好、態度などが含まれるのである。と言ってます。
 
 

Being重視

実際の仕事でどのような資質・能力が挙げられているのかを事例を通して見ていきます。児童発達支援、放課後デイサービス、障害者相談支援、ケアマネージャー、新人看護職員、新人理学療法士、6職種の政府や職能団体が作成したガイドラインで示された資質・能力をまとめました。(注3)
そのなかで共通する項目は、姿勢・態度、知識、技術でした。もちろん職種によって個別具体的に〇〇力のような能力を挙げているものあります。そこで全ての項目を松下氏の能力リストに倣って個人属性と他者との関係性に大きく二つに分けて整理しました。(注4)
まず、他者との関係性に関連した能力は、ネットワーク形成など協働によって他者と育む能力を挙げる障害者相談支援。同様に地域アプローチなど協働する能力を挙げるケアマネジャー。また、社会人マナーや組織における役割・心構えの理解と行動、理念・基本方針の理解、一般的業務管理などの組織適応の能力を挙げるのは理学療法士と看護職でした。
次に個人属性は、姿勢・態度、知識、技術の3つと個別具体的な能力になります。個別具体的な能力は、信頼関係を形成する力やニーズを探す能力を障害者相談支援、患者家族への対応は理学療法士、患者の理解と家族との良好な人間関係は看護師が挙げています。また、学びについて省察的思考力をケアマネージャー、自己研鑽と能力開発は理学療法士、主体的な自己学習は看護師が挙げています。
個人属性の姿勢や態度について、プロ意識と倫理はケアマネージャー。専門職としての基本的姿勢と態度と責任ある行動は理学療法士。基本姿勢と態度と自覚と責任ある行動は看護職。期待される役割と表現するのは児童発達と放課後デイ。知識については、発達段階ごとの特性、制度、権利、関係機関の役割、児童虐待への対応を挙げる児童発達と放課後デイ。幅広い知識と技術は障害者相談支援。介護保険制度についてはケアマネジャー。
最後に技術について、家族支援と障害種別・特性に関わる技術は児童発達と放課後デイ。基本的なコミュニケーションと面接は障害者相談支援。コミュニケーションはケアマネジャー。理学療法専門技術やプロセス管理は理学療法士、環境調整、食事援助、排泄援助など具体的な看護実践は看護師。
 
共通点として、個人属性の比重が高くなかでも姿勢・態度、知識、技術が多くを占めます。先の能力の入れ子構造にあてはめると、姿勢・態度はbeingであり、知識knowingと技術doingが結びついて働く知識になっていても、いつでも行おうとする状態として資質beingが必要です。つまりこれらの職種がコンピテンシーとして、それに価値をおき、好むことを指すbeingを重要視していると考えることができます。
にもかかわらず、ガイドラインからはbeingについて納得できる具体的な情報はあまり得られませんでした。専門職性で重要視されるbeingが専門職性の特徴にどんな影響を与えているのかはカギになりそうです。と同時に、個人属性に向かわない協働と組織適応力や省察的思考力が、個人属性と他者との関係にどのように影響しているのかという点も気になります。はじめにBeingの点について、資質・能力と同義とされるコンピテンシーを通してもう少し掘り下げたいと思います。
 
 
 
注0 組織行動論の領域においても個人の長期的な時間展望が,キャリアデザインや組織への定着,組織コミットメントに影響を及ぼしていることが示されている(金井,2002;尾形,2008;尾形・金井,2013)(若年就業者の組織適応を促進するプロアクティブ行動と先行要因に関する実証研究 尾形2016)
 
注1 社会福祉の専門職研究の先駆者の秋元は、専門職性を考察することの困難な理由として、1)社会福祉は種々のレベルでの多様性がある。2)社会福祉における全体性に見る困難性(社会福祉の専門職は何をする人なのかという根本的な問いかけである)。3)生活の持つ総合性(経済的, 社会的,身体的,心理的諸問題をとりあげる) があいまいさを生み出す。そして4)社会福祉学における学問としての「定説」が欠如していることを挙げている。
 
注2  フレクスナー報告書1910の提示した6つ。第一に専門職は多大な個人的責任の下でなされる自由な知的操作で あること、第二に専門職が用いる知識は学術的科学的基盤をもっていること、第三に専門 職は実際的な目的をもっていること、第四に専門職は教育として伝達可能な技術があるこ と、第五に専門職は自らの組織(組合)をもっていること、第六に専門職はその活動が博 愛的動機に基づいていること、である。20世紀初頭の医学教育の質を批判したフレクスナー報告が契機となり、法学、工学、看護学、心理学、会計学、建築学等、あらゆる職業の専門職化と専門教育の質の向上を求める議論の中に生き続け、フレクスナー神話と呼ばれています。
 
注3  児童発達ガイドライン、従業員及び自らの知識・技術の向上 厚労省 2015
放課後デイサービスガイドライン 従業者等の知識・技術の向上 厚労省 2015
障害者相談支援ガイドライン 相談支援専門員に求められる資質 日本相談支援専門員協会 2013
介護支援専門員(ケアマネジャー)実務研修ガイドライン 介護支援専門員研修の最終目標(アウトカム)厚労省 2016
新人看護職員研修ガイドライン改訂版 臨床実践能力の構造 厚労省 2014
新人理学療法士研修ガイドライン 公益社団法人日本理学療法士協会 2020
 
注4  経済先進諸国で提唱されているOECD-DeSeCo,NCR,EU,ATC21S、P21、CCRが示す能力を①育成すべき資質・能力に包摂される個人の属性に着目したもの、②資質・能力を育てる関係性に着目したものの2つのタイプに分類した能力リスト