2022/12/26

「ワークスタイルディギング」全5回 第5回 経験と学習

パート3

福祉職の学び

 
経験と学習
熟達の過程で経験は重要な要因ですが、経験を経れば自動的に専門的な知識や技能が身につくということではなく、その10年の間にいかによく考えられた練習を積んできたかが重要になります。エリクソンという学者はよく考えられた練習の条件として、1、課題が適度に難しく、2、実行した結果についてフィードバックがあること、3、何度も繰り返すことができ、誤りを修正する機会があることを挙げています。これは経験の長さよりも経験の質が熟達にとって重要な要因であることを示しています。
経験の質を含め学習に果たす経験の役割については、これまで数多くの研究がなされてきました。大きく言って二つの種類があります。ひとつはどのような経験によって人は学習するのかという経験特性に着目した研究、もう一つは経験からの学習に着目した研究です。
これまでの日本で行われた経験学習の実証研究によれば、松尾氏は時間軸の中で経験特性を考える必要性と職業の領域固有性があることを指摘し、これを明らかにするためキャリアと職種に着目した実証研究の一群があります。中原氏は経験学習の理論的欠点として社会的要因の影響が考慮されていないことを踏まえ、他者との双方向の会話、他者との出来事の意味づけの交換、他者との様々なフィードバックやコーチングなど他者からの影響に着目した実証研究群があり、これらを整理して職場学習論を提唱しています。
 
経験学習モデル
次に紹介したいのは、コルブの経験学習モデルです。コルブは経験学習理論に関する代表的な研究者であり、その理論は研究・実践の両面において広く参照されています。以下は松尾氏の「経験からの学習」*の引用です。
 
「彼は、学習を経験を変換することで知識を創り出すプロセスと定義した上で、4つのステップからなる経験学習モデルを提示しています。個人は、1、具体的な経験をし(具体的な経験)、2、その内容を振り返って内省することで(内省的な観察)3、そこから得られた教訓を抽象的な仮説や概念に落とし込み(抽象的な概念化)、4、それを新たな状況に適用する(積極的な実験)ことによって学習する」と説明しています。
*経験からの学習ープロフェッショナルへの成長プロセス 松尾2006 同文舘出版 
 
この理論の社会的背景として、90年代以降の企業の業績低迷によるコスト削減や効率化と派遣労働の規制緩和を契機に企業の雇用慣行が変化したことがあります。*2000年代以降は、経験学習理論はリーダーシップ開発における経験アプローチの議論と共振し、人材開発論の基礎理論として位置付けられます。
コルブはデューイの経験の概念から、経験を人と環境に働きかけることで起こる相互作用として、経験からの学び方を提唱します。ちなみに、コルブがいう経験内容に、いわゆるストレッチした経験は含まれていません。この由来は80年代のマネージャー教育研究においてマッコールらの上級管理職のインタビュー調査の結果です。彼らの飛躍的に成長した経験として、プロジェクトへの参加や悲惨な部門や業務の事態改善・再構築などリーダーシップを発揮しなければならい現場の業務経験が、マネジメントやリーダーシップ能力を開発・学習することを指摘しました。このことが90年代以降のリーダーシップ開発論で経験をレバレッジとした学習機会と能力開発の流れになりました。
 
内省には個人の行動・ふるまいを対象とした内省と,前提や状況や文脈,または,それらに作動している権力や社会的関係を対象とした内省の2つのレベルがあります (Reynolds 1998)後者について、個人の生活に根ざした「具体的経験」と,それをもとにした「対話」,そして対話によって導かれる 「批判的内省」と呼ばれるものがあります。この経験と内省を捉えたものに批判的マネジメント教育論があり、近年の学校教育で見るようになったアクションラーニングに影響を与えています。
 
近年の研究動向について、中原氏はこう説明しています、「経験の社会的な側面を捉えた流れが広がっている。経験や出来事の意味付けを行う際に、個人として独力で意味付けを引き受けるのではなく、他者との双方向の会話や、意味付けの交換、フィードバックなどによってそれを可能にする。むしろ内省の単位を個人レベルで考えるのでなく複数の人々で行う」**
*職場学習の探求ー企業人の成長を考える実証研究 中原淳他2012 生産性出版
** 経験学種の理論的系譜と研究動向 中原2013
 
この理論の批判も少なからずあります。その代表が次のようなものです。「コルブの経験学習モデルは包括的に一般的であるがゆえに多くの批判も受けています。最大の批判は個人的経験を重視するあまり、社会的な要因の影響を軽視しているという点です(keys2002)  ホルマンらによると、コルブのモデルは認知心理学を基にしているため、自己、思考、行為の社会的、歴史的、文化的な側面を見落とし学習を機械的に説明していると指摘しています。」* この他に男性と女性の性差を考慮していないことが挙げられます。
*経営学習論 人材育成を科学する 中原淳2012 東京大学出版会
 
 
おわりに
福祉業界は、かつて給料が低くて厳しい職場を指す3Kと言われていましたが、処遇改善や研修・資格取得制度などの政策によって改善しつつあります。コロナ禍には異業種から多くの参入者が流入しています。そうした流入を含め非常勤の女性が多く働く職場になっています。
福祉の仕事は対人サービス職の持つ2つの特徴があります。人を対象にするという領域と専門サービスという2つの領域の仕事が含まれています。サービスの質は生産と消費が一瞬かつ顧客との相互作用によって決まります。このため概念的知識を形式化して伝達することが難しくなります。熟達者の経験を見ると、経験からの学習には経験特性とキャリア段階に順番があります。経験と学習のメカニズムを説明する経験学習理論によれば、経験学習は4つのステップから成り、具体的な経験から内省によって法則や教訓を得て、新たな状況で実験することで学習すると説明しています。
中原氏によると女性と男性では、仕事の動機が異なり仕事観も違います。女性は男性に比べて普段の仕事や職場環境を重要視しています。具体的には、仕事自体のやりがいや上司や同僚との信頼関係といった点です。この点で職場の上司や同僚が与える影響は少なくありません。
こうしたことから推察されるのは、経験学習モデルの内省的観察において、女性の価値観を反映した基準や特有のパターンの存在と職場の他者の与える影響の可能性です。加えて、福祉職にも医療職で見られたような領域固有の経験特性とキャリア段階のセットが存在すると考えられます。
 
今回、それが本当にあるかどうか確かめられたわけではないですが、僕としての意味は、福祉職の教育研修を考える上で、現場で働いている個人の目線を中心に置くことにつながっていること。とりわけ女性のスタイルを知って理解する必要があった。
 
今のやり方にあるリスクは、長期的な人材育成がますます難しくなり安定した人材配置に結びつかなくなることです。その対応をシステムからではなく考えたかった。直感的に女性の働き方にスタイルがあると思った。
サービスの質は、現場の経験をもとにした個人単位の成長が伴っていて一朝一夕には図れない。だからこそ、どんな経験から、どのようにして学ぶのかを知り、その解決策を探ろうと考えました。次は職場でこのテーマでインタビューするのもいいかもしれない。嫌がられそうだな。
 
さて、ここで一旦終わりにします。世の中に多様な働き方が広がるなか、「ワークスタイルディギング」として、そもそも弊所に興味を持った就活者に向けて伝えようとしたコラムだった。内容的にどこがワークスタイルディギングなのかわからなくなった。書いているうちに興がのってしまいました。
 
今年も残りわずか。 というわけで少し早いですが、良いお年を。