2022/12/24

「ワークスタイルディギング」全5回 第4回 働き方の自由さとは

働き方の自由さとは
ところで、上述の福祉産業の人材不足の要因を調査した花岡氏は、非正規雇用の短時間労働者は有配偶の女性で被扶養者の割合が高いとした上で、税制・社会保障制度による、いわゆる「103万円・130万円」の壁の存在が労働供給を妨げている可能性を示しています。いわゆる主婦パートの方の就業理由は、一般には自分の都合の良いを基準に自発的選択をしていると理解され、各種政府調査でもそう判断されてきました。そして、それは働き方の自由さと捉えられ、柔軟な働き方を促進する制度にもつながっています。よく聞くフレックス勤務や時短勤務やテレワーク、副業などです。
 
でもよく考えてみれば、自分に都合の良いとは何かという点で結構曖昧でした。岸上氏*は、非正規雇用を選択する女性にとって、 「自分の都合のよい」とはなにを示すのかを調査しました。その結果、「就業形態の選択理由」には,「時間」,「収入」,「両立」,「正社員になれない」,「正社員性の忌避」,「資格・その他」の6つの共通要素があるとします。個々の要素にはいくつかの内容が含まれています。たとえば、時間の要素には、 自分の都合,労働時間の長さ,通勤時間,就業調整の4つの内容が含まれます。また、収入の要素には、家計の補助,学費,自由に使えるお金,より多い収入という 4つの内容が含まれます。すると、純粋に個人の都合が良いというだけで、判断しているのではないことが見えてきます。それは家族の都合の良いにも言い換えることができる、と。つまり、そうした状況からみた自分にとって都合の良い働き方として、やむを得ず選択された場合があることを見落としていると、指摘します。
実際、収入をとってみても、日本の平均賃金はこの20年間ほぼ横ばいでした。むしろバブル崩壊の直後の1992年と比較すると年収で40万近く下がっています。今やアメリカの半分強、スイス、オランダ、カナダ、オーストラリアの6-7割で韓国にも抜かれています。*他にも女性の労働を調査した中原氏*は、こう言います。「子育て世代の男性の給与水準がかなり低下している。そんな状況下で一定の世帯年収を維持するために女性たちが働きに出ざるを得ない。他にも子育てや子供の教育費がかさむので、働くことをやむなく選択するという女性も増えている。」
*女性にとって「都合の良い働き方」とは何か 岸上真巳 2021
*現代新書サイト「なぜ日本の給与は上がらないのか?ー低所得ニッポンを分析ー」永濱 利廣 2021
*女性の視点で見直す人材育成 中原淳・トーマツグループ 2018年ダイヤモンド社
 
これまで世の中全体の感じは、女性はパートを自発的に選択しているのだから、問題ないじゃんと思っている。でも、自発的の意味が本当に本人だけを指しているのかはわかっていなかった。家庭の家事や育児や介護の大半を担う役割を負いながら働いていることを、そう言っているわけです。だから自由を自発という言葉だけで測れない、と。じゃあ、家庭を持たない女性は自由に働けているのか。まあ、自由というとちょっと複雑なので、せめて、現状について、次に見ていきたいと思います。
 
 
個人の努力だけに求めない
主婦パートに隠れて見えずらくなっているのが、未婚期間が長期化する中年未婚者の就業です。未婚者は一般的に配偶者や育児などの家族役割がなく時間や場所の制約が少なく、望むキャリアを追求しやすいと同時に単身で稼得役割を担います。長期的なキャリア形成によって就業と経済基盤の確保に努める必要があるとされます。*また、親子関係やキャリアの変化とった生活と就業の変遷が経済状態に影響を与えます。
大風氏*は、 現在就業する40代・50代の未婚男女を対象に、経済状態に深く関わる就業に着目して、キャリア形成、転職、能力開発の現状の確認とそれらと収入・資産との関わりを調査しました。その結果、 キャリア形成、転職、能力開発といった就業要因が資産形成とも関連する可能性を指摘しています。
以下引用です。
 
「キャリア形成について、現職の従業上の地位については初職の従業上の地位が関係するが、関連の仕方には男女の違いがある。
女性においても初職正社員の場合に現職も正社員になりやすいが、正社員としてとどまる割合は男性よりも低く、男性よりも転職回数が多い。初職がパート・アルバイトであると正社員になる確率は男性よりも低く、不利な就業状況が維持されやすい。 男女では正社員として継続して働ける確率に相違があり、そのことが男女間の収入の水準、ひいては保有資産にも影響を及ぼす可能性がある。」
(略)
「転職経験と収入・資産との関係については、男女ともに転職なし、つまり初職継続者は転職ありに比べて収入・資産とも高く、転職をするほど収入も資産も低下する。詳細を見ると、男性では3回以上の転職でより大きく収入も資産も低下し、女性では1回以上の転職でより大きく収入も資産も減少する。」
(略)
「能力開発については、男女間で実施主体に相違があり、男性は職場の制度を利用することが多く、女性は職場の制度利用とともに制度未利用での能力開発を行っている。特に女性においては、正社員のみならず契約・派遣においても能力開発が行われている。能力開発の規定要因において、職場の制度による能力開発は男女ともに規模の大きい企業への勤務や正社員を中心としたキャリア形成が影響している。」
 
さらに、現在の社会経済環境や企業の状況では正社員が増える未来は描きにくいとした上で、「そのような中で求められるのは、自律的なキャリア形成や能力開発であるが、それを個人の努力だけに求めるのではなく、個人をフォローする仕組みが重要である。特に非正社員は能力開発の機会が乏しくなりがちになるが、正社員への登用を含めて、非正規で働く人々に対してこそ能力開発の機会を提供しキャリア 形成を促す仕組みを検討する必要がある」と言っています。
*中年未婚者の就業と生活リスク 大風薫2021
 
未婚男女が働き続けるなかで、キャリア形成や転職や能力開発の点で違いがあること、それは経済的な影響を与えると。実際、転職の際に非正規や収入が低下しやすいのが男性よりも女性に多い。そうしたことを含めてキャリアのための能力開発が重要だが、職場の制度は規模の大きい会社や正社員を中心になっている。つまり、非正規で働く方々にこそ能力開発の機会が提供される仕組みが必要で、それを個人の努力だけに頼ってはいけない、そう言ってるわけです。なるほど、そうかと思います。理不尽で改めるべき現実です。ただ、なんというか、話が社会的な広がりに向いているので、僕としてはひとりの個人として女性の目線から見たものに、話を戻して深掘りしてみたいと思います。
 
 
ふだんの職場が大事
働く女性を調査した中原氏*によると、女性の仕事のモチベーションについて、こう言っています。 
「女性の21.6%がやりがい重視と答えたのに対して、同じ答えをした男性は16.1%と5.5ポイントの差が見られました。女性は職場でどのような仕事をするのかを働くモチベーションとしています。2番目に差が大きかったのは、見返りのある仕事をすることでしたが、これは対照的に男女が逆転しています。男性の14.8%が給与アップにつながるかどうかを重視する一方、そう考えている女性は11.3%であり両者の画ギャップは3.5ポイントでした。つまり、働くうえで女性が重視しているものに男女差があります。女性は昇進など外的報酬よりも、仕事そのものに魅力を感じる傾向がある。成果や評価されることや給料が上がることよりも、やりがいを重視する。また葛藤や衝突を避けたい気持ちも強い」
 
では、ここだったら今後も働き続けてもいいなと感じるためには、どんな職場づくりが必要なのか。中原氏の調査によると、産休育休の取得などの女性活躍制度は女性の現在の会社で働き続けたい気持ちに大きな影響を与えてはいません。
 
「産休、育休が取りやすかったり、復帰がしやすかったりするだけでは、女性の就業継続意欲は大きく変わりません。つまり、第一に多くの人々にとってふだんの職場環境が最も大事だということ。たとえば、慣習になっている非効率なやり方や、生産性が低いまま放置されている業務、制度がないかなど、職場の中の仕事を絶えず見直すことで、残業を見直す。会議一つとっても、余計な人数が集められたり、アジェンダが決まってなかったり、発言が不規則だったり、決めたはずのことが確認されず何度も蒸し返されたり、議事録がとられていないがゆえに、出戻りが生じたり。こうした物事を見直して、生産性を高める努力をしていくことが、女性をはじめ多様な働き方を求める人々に応える職場づくりにつながる。」
 
あと、こう続けています。
「スタッフ間の仲は良いのに、なぜか人材流出が止まらないという職場では、仕事面での信頼関係や健全なライバル意識、チーム意識をつくり出すコミュニケーションが不足している。職場を良くしていこうとする建設的な職場関係が人材を定着させる。カギは、仕事を楽しみながら、仲間と共にいい職場をつくっているというチーム実感にある。」
*前掲 中原淳・トーマツグループ 2018年ダイヤモンド社
 
僕はこの考えはかなり、実践的に考えて、納得できることなんじゃないか、と思うんですが、皆さん、どうでしょう。
 
普段の仕事の質を重視する点に関連して、介護職を調査した大和氏*は、正規職員を対象に教育研修による人材育成の要因が離職に与える影響を分析しています。その結果、資格取得支援、介護技術知識の講習、介護保険法制度についての講習など採用後の教育研修は離職率を低くしていました。一方、OJTについては上司以外の同僚などの横のつながりも、上司からの縦のつながりも離職率を増加させていました。経営理念、接遇マナー、介護技術知識の講習など採用時の研修は有意な影響をもっていませんでした。
*介護老人福祉施設における介護職員の離職要因 大和三重2013
 
女性が働く上で、普段の仕事といつもの職場は重要なことの一つです。従来の職場は、仕事の学びのほとんどを長期雇用を前提にしたOJTによって行ってきました。しかし、近年のジョブ型雇用と雇用の流動化の中で、限られた費用と時間の中で効率的に人材を育成することが求めれます。次に実務経験を通した仕事の能力向上という点について掘り下げてみたいと思います。