2022/12/22

「ワークスタイルディギング」全5回 第3回 一人前の対人サービス職

パート2

福祉の仕事と女性

 
一人前の対人サービス職
福祉の仕事は対人サービス職です。対人サービス職に共通する熟達過程について実証研究した笠井氏*によれば、対人サービス職とは、人が人に直接,無形のサービスを提供する職業です。サービスの提供にあたっては,提供時点におけるサービスの生産システムや外部環境,顧客の変化に適切に対応しながら,一定のサービスをその場で提供することが求められます。
逆に言えば、消費者はサービスを消費しない限り価値がわからず、生産者はモノのように予め生産して在庫することができません。ここに、サービスが消費者と生産者の共同で作られるとともに消費されるという特徴があります。それから,田尾(2001)を引いて,ヒュ ーマン・サービスには,人間を対象とすることに伴う技術と,サービスの専門領域における技術と知識が必要であるといっています。先の笠井氏の実証研究は、対人サービス職業の異なる4職域,小学校教諭・看護師・客室乗務員・保険営業をとりあげ,発達段階ごとに,共通する熟達経験があるかどうか検証しています。分析の結果、2つの共通性を示しています。
 
「ひとつは,新しい知識と信頼する熟達者や顧客など重要な関係者との積極的な相互作用が常に重要となる点です。生産と消費の同時性や顧客との協働といった特色のために、対人サービスの概念的知識が形式化して伝達することができないものであっても,学習が進み, 熟達が得られるのは,正解のない現場において、顧客にとってのよりよいサービスとは何かをわかろうとし,重要な関係者である熟達者や顧客は,どのようなサービスをこの場で求めていけばよいか,いけるのかをわかろうとし,だれもがサービスの創出に関与しようとする状態が対人サービス職の熟達の基盤となっている」
 
2つめの特徴は,熟達経験の段階を指摘しています。
 
「初級者の段階の2つの経験は,サービス現場の文脈のなかで手続き的知識を身につける経験である。一人前の段階になると,自らの取組みを相対化できる実践の観察や,異なる文脈での強制的な経験によって概念的知識が深まる契機が得られる。 指導者の段階になると,熟達経験は多様になる。 方向性をもって『つなぐ』経験や,現場を離れる、重大なライフイベント、といった現場と直接関係しない経験が,対人サービス職の概念的知識の構成に関与している。」
 
これは、サービス提供者と消費者の相互作用とキャリア段階ごとの経験について言ってるのだけど、前者について、人を対象とすることに伴う技術という点で、早坂氏を引用して言っていることに、僕はとても腹落した気分になりました。こうです。「関係とは、本来、共通性だけで成立するものではなく、違いも同時に見出されるものであり、2つ以上の事物や事象が個々の独自性を失わずに対峙することによって成立するものだ」 これ、言葉にすると当たり前のようだけど、仕事だけでなく普段の暮らしで壁に貼って何度も唱えたほうがいいくらいです。まあ、とにかく、対人サービスの半分は、人としてのあり方で成り立っているわけです。
後者のほうは、サービスの専門性に着目して専門職を対象にした研究が多くあり、いつくかの経験段階モデルが提唱されています。次に、この点について、看護師を対象にした調査を見ていきたいと思います。
*対人サービスの熟達過程の特徴 2007笠井恵美
 
 
学べるとき、学べないとき
熟達に向かって積み上げられる経験の時期という点について、松尾氏やその他の面々*は、時間的な流れの中で、経験がどのように知識獲得を促進しているのを明らかにするために、10年以上の経験を持つ熟達した看護師が、どのような経験を通してスキルや知識を獲得しているかについて調査を実施しました。
ここでいう経験とは、学習の基盤となるものとしてその重要性が学術的に認知されてきました。先の松尾氏らの本の受け売りですが、こうです。「学習に果たす経験の役割については、これまで数多くの研究がなされています。経験学習の理論的基礎を築いたデューイ(dewey1938)という学者は、経験とは個人と個人を取り巻く環境との相互作用と説明しています。
ただ、二人の人間が同じ経験をしたとしても経験の解釈次第で学習内容は異なり、その後の行動も変わるといえます(dixon1999)。この点についてムーン(Moon1999)は、経験は経験からの学習とは異なるものであるとして、個人に内在するある種の技能や能力が必要であると考えました。そして経験からの学習能力を提唱しました。
また、事実としての知識を『知識』と呼び、技術や技能のように言語化しにくい『やり方に関する知識』を『スキル』と呼びます。これは、認知心理学における『宣言的知識 (declarative knowledge)』と『手続的知識(procedural knowledge)』の区分に基づいています。たとえば、医学的な知識や、看護師はどうあるべきかという看護観 は『知識 』であり、注射の技術や患者とコミュニケーションする力は『スキル』と言えます。そして、学習とは、経験によって知識 ・スキルに変化が生じることです。」
 
話を元に戻すと、調査を分析した結果、看護師のキャリアの各段階で経験特性が異なることがわかりました。少し長くなりますが、詳細に見ていくことにします。
以下引用です。
 
「まず、初期(1~5年目)には、先輩からの指導によって看護の基礎技術を習得し、その上で難しい症状を持つ患者 ・家族の担当や研究や研修によって専門的看護技術を積み上げていました。このことは、キャリアの初期段階の学習は『技術的側面』に焦点が当てられていることを示しています。
次に、6~10年目のキャリア中期には、 患者との関わり(患者 ・家族 とのポジティブな関わり、患者の急変・死亡、難しい症状を持つ患者の担当)による学習が活性化しています。中期には『患者とのコミュニケーショ ン』『メンバーシップ』『リーダーシップ』といった対人能力を身につけています。
最後に、11年目以降のキャリア後期では、中期に引き続き患者との関わりの経験を中心にして、『患者とのコミュニケーション』『メンバーシップ』といった対人能力を学んでいます。ただし、中期と異なるのは、後期では 『患者とのネガティブな関係』を通してコミュニケーション能力を習得している点です。後期における看護師は、苦手な患者との関わりや、クレームや叱責を受けることで、笑顔の大切さや詳細なアセスメントの重要性について学習しています。これは中期における学びをベースとして、後期にはネガティブな事象を通してより深い患者とのコミュ ニケーションのスキルを習得する準備状態ができているためであると考えられます。
 
さらに後期の学習上の特徴は、『職場での指導的な役割』を通して 『自己管理』を学んでいるという点です。この時期の看護師は 『反省 ・振り返りの大切さ』 『自らの知識、技術、考え方を高める必要性』『学習意欲を持ち続けることの重要性』を学んでいます。
もう一つは、『患者 ・家族 とのネガティブな関わり』から学んでいた点 です。中期ではポジティブな関わりのみから学んでしました。これは、コミュニケーションの学習過程にも階層性が存在し、苦情等のネガティブな経験から学ぶためには、 技術的な準備状態が整っていなければならないことを示しています。」
 
先の松尾氏ほかの面々は、医療関連の他の職種にも同様の調査を実施した結果、保健師、薬剤部門、放射線技師、救急救命士、救急救命医師、公衆衛生医師に、学習内容は異なるものの,キャリア後期(11 年目以降)に学びが活発化する傾向が見られ、看護師と共通していることを明らかにしています。そのうえで医療の質向上や人材成長には長期的な視点が必要であることを言っています。
 *看護師の経験学習プロセス 松尾睦他 2008
 
ここでは2点です、サービスの専門性が高い看護師を対象にして、キャリア段階と経験の時期という点で、その関係を明らかにしました。それが他の医療職にも共通するキャリア発展の固有性であると言って、医療職の熟達のための経験段階モデルを10年で示しています。あとは、経験内容や特性といった点で、コミュニケーションをとって、同じ事柄でも経験段階によって、そこから学べる時と学べない時があると言っています。