2022/12/20

「ワークスタイルディギング」全5回 第1回 コロナ禍と対面サービス職

はじめに

 
みなさん、こんにちは。僕は社会福祉施設の運営に携わっています。ここでは、福祉の仕事の特徴や成長について考えてみたいと思います。今回、特にお話してみたいのは、福祉業界はパート女性の方が多く働く職場なので、女性目線の仕事という点です。このコラムは3つのパートから成っています。パート1では、福祉産業の労働市場について、パート2では、対人サービス職の特徴について、パート3では、経験からの学びについて、これまでのいろいろな知見を手かがりに考えてみたいと思います。
 
ただ、寄り道してたら話が長くなってしまったので、先にショートカットをお伝えします。まず、これを読んでくれる方は当所に興味がある就活者が多いと思うので、「積み重ねた効果は出てきたけど」「一人前の対人サービス職」「学べるとき、学べないとき」を読めば、仕事のイメージが掴めるかも知れません。(いえ、本当かはわかりませよ)女性の方なら「働き方の自由さとは」「個人の努力だけに求めない」「普段の職場が大事」は、それわかる、ってなるでしょう。(他にもたくさんあるよって思うかも知れませんが)それから、要旨としては、だいたいこんな感じです。
 
福祉業界は、かつて給料が低くて厳しい職場を指す3Kと言われていましたが、処遇改善や研修・資格取得制度などの政策によって改善しつつあります。コロナ禍には異業種から多くの参入者が流入しています。そうした流入を含め非常勤の女性が多く働く職場になっています。福祉の仕事は対人サービス職の持つ2つの特徴があります。人を対象にするという領域と専門サービスという2つの領域の仕事が含まれています。サービスは生産と消費が同時で顧客との相互作用によって質が決まります。このため知識を形式化して伝達することが難しくなります。熟達者の経験を見ると、経験からの学習には経験特性とキャリア段階に順番があります。経験と学習のメカニズムを説明する経験学習理論によれば、経験学習は4つのステップから成り、具体的な経験から内省によって法則や教訓を得て、新たな状況で実験することで学習すると説明しています。調査によると女性と男性では、仕事の動機が異なり仕事観も違います。女性は男性に比べて普段の仕事や職場環境を重要視しています。具体的には、仕事自体のやりがいや上司や同僚との信頼関係といった点です。この点で職場の上司や同僚が与える影響は少なくありません。
こうしたことから推察されるのは、経験学習モデルの内省において、女性の価値観を反映した基準や特有のパターンの存在と職場の他者の与える影響の可能性です。加えて、医療職で見られたような領域固有の経験特性とキャリア発達段階のセットが、福祉職の成長プロセスにも存在すると考えられます。
 
 

パート1

福祉業界の労働市場

 
コロナ禍と対面サービス業
ニュースなんかで目にした方も多いと思いますが、コロナ禍は社会福祉施設の休業や短縮などの影響を与えた一方で、福祉業界全体では他業界の有効求人倍率が1倍を下回るなか、依然3倍という高い水準のまま旺盛な求人に未経験者の参入が見られました。2020年の世の中の失業者数は36万人だったのに対して、医療と福祉産業の正規雇用者は17万人増加しています。これは産業別で最大です。増加の最大の要因は正規雇用の女性が大幅に増えたことです。2021年5月分の医療福祉の就業者数は892万人で、このうちの女性の正規雇用者は374万人で前年同月よりも19万人増えています。*
ほかには、休業者数が急増したのが特徴的でした。2020年4月7日の第一次緊急事態宣言後に景気が急激に悪化し、失業者は低く抑えられていたものの、休業者数が急増し597万人に達し、就業者総数の9%、失業者数の3.4倍まで膨れ上がりました。**
*コロナ禍で日本の正規雇用33万人も増えた訳 東洋経済ONLINE
**コロナショックの被害は女性に集中 労働政策研究・研修機構サイト
 
通常の不況と異なり、ここでは男性よりも女性の雇用が大きな被害を受けました。特に子育て女性の労働時間と賃金が大きく落ち込んでいます。NHKとJILPTの共同調査によれば、女性の休業者比率は、男性の3倍上(5.3%)となり、18歳未満の子供のいる女性の休業比率は男性の7倍(7%)に達しました。女性の雇用が悪化した原因に、まず、飲食や宿泊、観光、娯楽などコロナの影響をもろに受けた対面サービス型産業に女性雇用者が多いことがあります。加えて、働く女性の6割弱が雇用調整の対象となりやすい非正規就業者であることが挙げられます。*
*コロナショックと女性の雇用危機 労働政策研究・研修機構 周燕飛2021
 
こうしたなか、再就職先を探す際、日数や時間といったことの融通が利きやすく、年齢や経験や資格が不問で多くの募集がある福祉業界はいい条件と言えます。さらに、政府の雇用対策として手厚い就業支援事業が実施されています。東京都福祉人材サービスによれば*、介護職員就業促進事業は、離職者等が介護施設等に雇用されながら介護職員初任者研修等を受講し資格を取得することを支援する事業ですが、昨年度年間実績の1・4倍に増えています。登録者のうち、仕事を失ったり、収入が減少するなど「新型コロナの影響を受けた」方は64・6%です。前職は「飲食・調理」が20・3%と最も多いと報告しています。
*コロナ禍における福祉人材センター −福祉業界へ新たな求職者を迎えるために−
 
実は、こうした動きは、過去に遡ると同様のことが起こっています。
2008年リーマンショック不況になると、製造業などで失業者が1年間に110万人以上増えました。その流入先として成長産業に位置付けられた福祉産業には緊急人材育成・就業支援基金や緊急雇用創出事業等など促進政策が実施されて、未経験者の参入が増加します。当時130万人の従事者に対して23万人が流入。ただ景気回復後には21万人が流出しています。*リーマンショック後の流出の原因として、低賃金と未経験者の受入れ体制の問題が指摘されました。具体的には入口では低賃金と受け入れ体制の問題、出口では他産業に比べて高い離職率と短い勤続年数という問題がありました。
*リーマンショック後の雇用対策の効果の検証 厚労省
 
 
2000年代の政策
ここで簡単に福祉職の労働市場と人材確保の政策を振り返っておきます。
ここでいう福祉職とは、文科省の生涯学習施策の調査*のなかで福祉人材の範囲で示されている、介護系、保育系、相談系、職業指導系の対人サービス職の常勤と非常勤職員を指すことにします。一般に福祉の分野は、その対象者を軸に高齢者、障害者、児童があります。職種を軸とすると介護系、相談援助系、保育系、保健医療系、栄養調理系、施設運営系などがあります。
こうした福祉サービスは社会保障制度の一部として、介護保険法や障害者総合支援法、児童福祉法等に規定されています。
具体的な職種で言えば、施設や病院のケアスタッフやホームヘルパーなどの介護系、高齢者福祉施設や障害者支援施設の生活相談員や生活支援員、職業指導員や就労支援員、病院の医療ソーシャルワーカーなどの相談援助系、保育所の保育士、医療保健系の看護師や理学療法士などです。これら対人サービス職のほか、施設運営に携わる栄養士や調理員、事務職や施設長、事業経営者などもいます。
*生涯学習施策の関する調査研究ー我が国の企業等における中堅人材のニーズに関する調査研究 文部科学省 H21
 
さて、福祉産業の人材不足は、2006年の就職氷河期の終結と同時期に顕在化しました。背景には2000年に始まった介護保険制度下の2003年と2006年の報酬改定で2回のマイナス改定が賃金を押し下げたことがあります。逆に他産業は氷河期終結で、有効求人倍率の上昇に伴って賃金が上がっていたので、福祉産業の賃金は相対的に低賃金になりました。報酬改定とは、福祉産業が他産業と違うところで、サービスの価格が政府によって決められます。この公定価格の変更は、報酬改定と呼ばれ3年に一度行うことになっています。氷河期終結期で現れたように価格調整が通常よりも遅くなる傾向があります。*
*介護労働力不足はなぜ生じているのか 花岡2015
 
2009年には、人材不足への対応政策として、処遇改善交付金が実施されます。これはそのあと2012年から福祉・介護職員処遇改善加算に受け継がれます。処遇改善加算とは、ざっくり言うと賃金原資を事業者へ支給する制度です。支給条件には研修やキャリアアップの機会などの人事教育制度の整備が含まれています。
続く2010 年には「キャリアパスに関する要件」が新設され、現在においてもその要件は引き継がれています。福祉・介護職員の能力・ 資格・経験等に応じた処遇を行うことを定め、キャリアパスを賃金に反映すること、それが難しい場合は、OJT、OFF-JT 等の研修機会を提供し、資質向上のための取組を行うこととするものです。
 
ここからは労働市場について触れますが、この時期、労働力不足の原因とされたのが高い離職率で、その要因に低い賃金がありました。2004年の離職率33.1%と、制度開始以来3割台が続きました。変化の契機は、2008年リーマンショックです。不況によって失業率が上昇したため、政府は雇用政策として失職者を福祉産業へ誘導します。新規参入者が介護業界に流入したことで、この時期に介護労働市場の需給バランスが一時的に改善し、有効求人倍率は1倍を下回ります。このタイミングで政府は2009年の報酬改定で初めてプラス改定を行い、さらに介護職の賃金上昇のため介護職員処遇改善交付金を時限措置として導入します。この時、介護産業の離職率17%、有効求人倍率1.33まで改善されます。 しかし2009年秋以降は経済状況が回復に向かい完全失業率が低下し始めると、流入した分とほぼ同じくらいの流出があり、労働力不足が深刻化していきます。