2020/10/19

深いけれど近くはない
欅の音terraceの「tsugubooks」で、
住み開きがつくる適度な距離感

 

住まいを開く「住み開き」
住み開きだから生まれる人との関係を教えてくれたのは、「tsugubooks」の店主、つぐさんでした。

「tsugubooks」は、ナリワイと暮らしを両立したいという人たちが集まった「欅の音terrace(ケヤキノオトテラス)」にある本屋さんです。

「欅の音terrace」(https://narimanowa.com/estate/keyaki/)は、1階は店舗兼住宅、2階は商品を飾れるディスプレイ窓のある住宅が並びます。かつての日本の町屋のような縦長の家で、前でナリワイをしながら後ろで暮らすというスタイル。
ここに集う13戸の住人は、会社勤めなどをする傍ら、週末や時間のあるときに各々のお店やアトリエを開いています。
そう、住人であり、店主でもあるのです。

土曜日のマルシェの朝、2階の本屋さん「tsugubooks」に入ると、店内には3つの本棚が並んでいました。
店内とは言っても、ここは多分つぐさんのリビング。書棚の反対側の壁にはキッチンがあります。本棚は絵本、文庫本から学者の著作まで、ジャンルも幅広くラインナップされています。ここは開二小の裏。こんな普通の住宅街の中に、本屋さんがいたなんて。

会社員をしている店主のつぐさんは、いわゆる「店」を持っているわけではありません。
出版社から本を仕入れて、自宅を開き本の販売をする「住み開き本屋」やカフェや美容院などの本棚を借りて本を販売する「間借り本屋」、イベント出店などの活動をしているそうです。

住み開き本屋に間借り本屋!これはまた発想を広げられる概念です。一体どんな方なのでしょう。

つぐ:

説明が難しいですけど、一応自己紹介をするときは「本をお届けする活動をしています」って説明をしています。届ける手段は色々で。結果的に本が誰かのもとに届けば、どんな手段でもいいっていう感じです。

練馬では週末に家を開いて本の活動をしていて、「住み開き本屋」とか「週末本屋」って言ってます。本を販売する以外に、対話の場づくりをしてもいるんですが、それも全部本に関する活動ともいえるので、その説明でもいいかなって。

清澄白河にいたときは「間借り本屋」をさせてもらっている場所で、映画の上映もやっていました。上映すると映画の関連本を売ることができるので、「tsugubooks」として上映会を開きました。

住み開き、適度な人との距離

つぐさんは2013年頃に、『住み開き―家から始めるコミュニティ』(アサダワタル/筑摩書房)という本を読み、いつか住み開きするぞと思っていたそうです。

また、同時期には、『地域社会圏主義』(山本理顕/LIXIL出版)に出会います。
寝るために家に帰るのではなく「地域」で暮らすことに憧れ、「見世(外に開くガラス張りの空間)」と「寝間(プライバシーの高い場所)」で構成される部屋を探そうと決めたのだとか。

*「住開(すみびらき)」とは、自宅を代表としたプライベートな生活空間、もしくは個人事務所などを、本来の用途以外のクリエイティブな手法で、セミパブリックなスペースとして開放している活動、もしくはその拠点のことを指します。(http://sumibiraki.blogspot.com/2009/04/blog-post.htmlより

つぐ:
開くための部屋、それは土間のイメージだったんですけど、それと寝る部屋という形の家をずっと探していたんです。住み開きっていうのをやりたくて。

すっごく家っていう感じだと、自分も嫌だし来る人も来づらいですよね、知らない人の家に入るのはハードルが高い。くつろぐことのできる空間にしすぎると、近くなり過ぎそうだし(笑)。
適度な距離を保って、でも深い話もできるみたいな雰囲気。そうしたかった。

こんなことをしていると、多分コミュニケーションが好きなんだろうとか、人が好きでそいうことに慣れているんだろうと思われるんですけど、全然そんなことなくて…。
人は好きなんですけど、距離はそんなに近くなくていい(笑)。それは仲良くしたくないって意味じゃなくて、毎日自分がいる空間で井戸端会議が繰り広げられるのは嫌で。それよりも、深い話ができたらたのしいなと思ってて。人としての深いところは知っていてある意味近しいんだけど、名前は知らないとか家族構成や職場や好きな芸能人は知らないとか、そういう関係は面白いな、と。

それで開きたいと思ったんです。

ーーなるほど。他者と、深い話ができるけれど近すぎない距離感で接する。そんな機能を生活の中のお店に見出していたのですね。
そんな距離感の原点は、「その土地の人だ」と思われることがなかった、つぐさんの半生にあるのかもしれません。

つぐ:
アイデンティティってないです(笑)。「ここの人」って言われたことがあんまりない。

滋賀も14年も住んで、生まれもそこなのに、ずっと滋賀の人だとは思われていなかったし。両親が熊本出身だったので、滋賀の人とは味付けも違うし、食べるものもちょっと違う。おにぎりが焼き海苔なのか味海苔なのかとか、みかんの種類とか…ちょっとずつ。「なんでそれなの?」みたいなことを言われて、あ、これはうちの親が熊本の人だからだ、みたいな。

埼玉に引っ越したら、滋賀から来た人って言われるし。長崎に社会人で行った時は東京から来た人だと思われているし。自分もちょっとずつ何かしら違和感を感じていて。

それ面白いなって思ったし、もっと人を知りたいと思ったというか。でも、だからちょっとずつ距離とって人を見ているのが好きなんだと思う。

本を挟んだコミュニケーション

「元々はグリーフケアというか、人の悲しみを聞いたりする場を作りたかったんですよね」

元々は本をツールだと思ってはいなかったと話すつぐさん。でも、本を間に置くことでできる人間関係がある、そう感じることがあったそうです。

つぐ:
会社の仕事で、はからずして人の悲しみを聴く機会が何度もあって。悲しみを出せる場をつくりたいなと思ったんです。
といっても、いきなり「悲しみを話せ」と言われても難しい。そこで、夫婦の読書会という形でやったら、初めてその人の悲しみが出てきたんです。自分の感情って出すのはこわいけど、本の感想っていうかたちでならだせる人もいる。夫婦だとぶつけ合うしかないけど、夫婦の間に私がいると、みんな私に向かって言ってて。それもよかったんでしょうね。

本って中身が面白いのは勿論だけど、その人の記憶を呼び起したり、話の糸口になったり。その人の一部を知る、全部はわからないけど一助にはなると思ったんです。

元々本は好きで面白いと思っていたけど…大人になって、本が売れなくなってきたとかそういう状況を知って、作者も儲からないし、どうにか循環できるようにしたいと思っていて。すごくちょっとだけど買い取って販売したら、自分が売ることができるうえに、「売ってます」ってSNSで発信することで本自体の宣伝もできる。しかも、本を挟んでコミュニケーションすれば、その人のことも知れる。

なんかすごいいいじゃん、みたいな感じになって。

欅の音terraceの隣人関係

欅の音terraceの店主・住人たちは、仲が良いと言います。でも、職業柄コミュニケーションの素養がある人はいるものの、皆が近しくありたいと思っているわけではないのだそう。お店をやりたい、地域に関わってみたい…それぞれの理由で欅の音terraceに集う人たちは、誰にとっても心地の良い距離を探しているのでしょうか。

つぐ:
たぶんみんなもそうだと思うんですけど、いろんな人がいるっていうのはそれなりに大変で。みんな優しいけど、考える「優しさ」が違うから、お互い良かれと思ってやっていることがストレスってことはあります。

ただ、それが言えるようになったりだとか、普通にどっちかが良い意味でスルーできるようになったりだとか、なんかそういう、溜め込んで爆発する以外のことができるようになってきた。共感・賛成はできなくともその場に抱えたまま居ることとか。

効率とスピード重視の人もいれば、そうじゃない人もいるじゃないですか。私はここではそうじゃないほうなので、ついていこうとすると疲れることもあるし何か言いたくなることもある。「それって要ります?」みたいな(笑)。

でも、自分とは逆の立場の人が自分のような人に色々感じているのもわかってるし、そういう違う人たちが重なって欅の音terraceをつくってる。

全員いい人で、良くしたいと思ってるのはほんとで。ただ目指す「良い」が違うというか。全く違うから(笑)。

「全員いい人で良くしたいと思ってるのはほんと」というつぐさんの言葉の中に、前提となっている信頼が見えます。だから、同じものを見る角度や方法の違いを受け止められるのかな。根本的な信頼に重心のある人間関係が、欅の音terrace全体の関わりのキャパシティを広げているような気がします。

住み開き、いいなあ。お店、やってみたいなあ。

お話を聞いたあと、クーポンをもらった1階のお店(はと工房/ジュースは緑、酒はレモン。)でカフェタイム

tsugubooks

・Website:tusugubooks公式HP
・SNS:tsugubooks公式Twitter
・アクセス: 「練馬駅」(西武線、都営大江戸線)および「桜台駅」(西武池袋線)より徒歩10分

取材・執筆・編集:矢吹東二、Tao、栗川開、あかね
写真:3枚目と5枚目はtsugubooksさん提供