2022/12/21

「ワークスタイルディギング」全5回 第2回 職場の7割は女性

積み重ねた効果はでてきたけど
 
処遇改善交付金が始まった2009年以降、平均賃金は少しずつ上昇してきました。賃金構造基本統計調査*を基にした計算では(僕の計算なので参考程度ですが)、介護職の平均月額は2010年の253千円から、2020年には300千円で約5万円増加しています。保育士は2010年は270千円から2020年は312千円でした。障害は2013年の258千円から2020年は304千円でした。** ただし障害は同調査で職種分類がなく、厚労省「障害福祉人材の処遇改善について」の資料です。ここにはホームヘルパーや保育士など複数職種が含まれています。それを加重平均して算出した障害福祉職の賃金は、宿泊・飲食サービス業平均よりも低いことのことです。***ともかく、2009年から2017年までの処遇改善加算が、4回の報酬改定で積み上げてきた合計が月額53千円相当だったとしています。****
2017年、新しい経済政策パッケージに基づく処遇改善について、の中で、介護サービス事業所における勤続年数10年以上の介護福祉士について月額平均8万円相当の処遇改善を行うことが示されます。 障害福祉人材についても、介護人材と同様の処遇改善を行うとされました。これを受けて2019年に特定処遇改善加算が創設され、経験・技能のある福祉・介護職員について、他産業と遜色ない賃金水準を目指して重点的に処遇改善を引き続き図っています。
*賃金構造基本統計調査(産業別・職種別の平均賃金(男女計)) 基本給、職務手当、精皆勤手当、家族手当が含まれているほか、時間外勤務、休日出勤等超過労働給与を含んだ、決まって支給する現金給与額に年間賞与額を12で割ったものを加算して算出
**障害福祉人材の処遇改善についてR4、障害福祉サービスにおける人材確保・処遇改善についてH26 厚労省 障害保健福祉部 障害福祉サービス等報酬改定検討チーム
***障害福祉人材の処遇改善について 第二回資料1 H30 厚労省 障害保健福祉部 障害福祉サービス等報酬改定検討チーム
****H29年の厚労省社会保障審議会介護給付費分科会の資料
 
離職率については、介護職の離職率は、2010年の17.8%から2020年は14.9%に低下しています。*保育士は2012年の10.2%から2018年は8.9%でした。障害は職種別データがありません。全産業平均が、2010年14.5%と2020年14.2%だったのと比較すると**、産業平均が0.3ポイント低下したのに対して、介護職2.9ポイントと保育1.2ポイント低下しています。
*R2介護労働実態調査 介護労働安定センター
**R2雇用動向調査 入職と離職の推移 厚労省
 
一方、有効求人倍率は、介護職が2.18倍から2020年は4倍に増加しています。*保育士では1.36倍から2.94倍**、障害は0.8倍から2.14倍増加しました***。独立行政法人労働政策研究研修機構によると全産業平均の有効求人倍率は、2010年が0.52倍で2020年は1.18倍でしたので、比較すると産業平均が0.66ポイント増加したのに対して、介護職は1.82ポイント、保育は1.58ポイント、障害は1.34ポイント増加しています。
*H31介護分野の現状等について 厚労省
**H27保育士等に関する資料 厚労省、R3保育士を取り巻く状況について 厚労省
***H22、H27、R2、福祉分野の求人動向 福祉人材センターバンク
 
利用者数の伸びを見ると、介護保険の利用者数は20年間で308%増えて567万人が利用する様になっています。*保育サービス申込者数は147%増の280万人**、障害サービス利用者数は529%増の127万人です。***
*R1介護保険事業状況報告(年報)ポイント 厚労省
**R3保育を取り巻く状況について 厚労省
***R3第24回障害福祉サービス等報酬改定検討チーム参考資料ほか 厚労省
 
需要に対して供給は、介護職員は当初約55万人でしたが、2020年には約4倍の211万人が従事していています。*保育士は2000年の32万人が181%増えて58万人**、障害は常勤換算従業者数が2000年の11万人が618%増えて68万人です***。厚労省によれば2025年の介護職員数について、需要253万人に対して供給が215万人で38万人が不足すると推計しています。
*R3第8期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数について 厚労省
**R3保育を取り巻く状況について 厚労省
***社会福祉施設等調査の概況 厚労省
 
2000年代に人材不足の原因とされた低賃金と高い離職率は、産業平均と同水準まで改善されつつあります。しかし需給バランスを表す有効求人倍率は上昇の一途を辿っています。やはり根底にあるのは利用者数の伸びが急激で需要増に対して供給が追いつかない状況です。なので、労働市場は売り手市場が続き人材は流動化しています。厚労省の資料のどこかで見ましたが、平均勤続年数が全産業平均の半分弱という報告もありました。組織の方では離職防止から定着促進という言葉に変わってきています。
 
 
うーん、方針転換
こうしたなか2015年に厚労省から今後の人材確保の方針転換が示されることとなりました。
これまでの介護人材構造をまんじゅう型と表現し、意欲と能力の違いが問われず一様に量的、質的確保を目指してきたとして、今後の人材構造を富士山型に転換し、多様な人材層を類型化した上で、機能分化を進めるという方向性が打ち出されました。
具体的には、現行では専門性が不明確で役割が混在しており、将来展望とキャリアパスが見えずらいとして、人材参入の裾野を広げた上で、専門性を明確かつ高度化することでこれを高くする。そのなかで他産業を含めた幅広い人材の参入促進による流入入口の拡大が挙げられ、そのために能力や経験に応じた明確な職務内容と機能分化を進める方針が示されています。そこで段階的な教育研修の整備を求めています。また、同年の介護報酬改定においては、事業主が介護職員の資質向上や雇用管理の改善をより一層推進することによって、介護職員が積極的に資質向上やキャリア形成を行うことができる労働環境の整備を促しています。*
これとは別に、今後の社会保障制度のあり方についての議論では、2020年2月の第6回全世代型社会保障検討会議で、介護保険事業者の保険外の収入を増やす制度設計や全世代型社会保障改革におけるサスティナブルな介護提供体制の提案として、ビッグデータ活用によるエビデンスベースの介護報酬体系構築が必要という考えが示されています。
*介護職の専門性と介護労働をめぐる問題 石川由美2021
 
 
職場の7割は女性
歴史的にみると保母や介護職にみられるケアワーカーといった福祉の仕事は、女性向きの家事の延長、奉仕的といったアンペイドワークのイメージが強くもたれてきました。実際、福祉従業者の男女割合は3:7から2:8で推移していて、男性の働く人が少ないため職場全体で女性が多い状態になっています。*厚労省の「R2 働く女性の状況」によれば、女性従業者が多い産業は、医療福祉640万人で一番多く、次いで卸売業、小売業が518万人です。**福祉従業者の多くを女性が占めているのは、社会福祉士国家試験の男女別合格者数を見れば一目瞭然です。R2年の社会福祉士の国家試験合格者数の65%が女性です。女性と男性にが2倍の差があります。福祉養成校で学ぶ学生のほとんどは女性です。こうしたことの理由として考えられることは、福祉の職場は、常勤が少なく非常勤で働いている方が多いことや賃金が低いため生計維持者の男性が少ないことが挙げられてきました。***福祉業界は、パートタイムの女性の方が多く働く職場になっています。
*社会福祉職とジェンダーの問題 菊池信子1995
**R2 働く女性の状況 厚労省
***介護労働力不足はなぜ生じているのか 花岡智恵2015
 
 
 
ちょっと視点を変えて
福祉業界の人材確保は賃金と専門性の育成が焦点になりがちですが、実はそれだけではありません。幅広い人材の参入を促すために、年齢と経験不問という条件に加えて、経験年数を積むことで資格取得ができるキャリア環境や、時間の融通が利き易く短時間の勤務、これらは裏を返せば、参入が容易な上に、同業界や同業種で移動がしやすいということでもあります。さらに売り手市場で人材の流動化に拍車が掛かっています。この状況を組織の側から見た場合、長期的な人材育成が難しく安定した人材配置に結びつかなくなります。ここに今のやり方を続けていくことのリスクがあります。政策が担う単位は産業レベルなので、そのなかのひとつ一つの組織は自前で生存戦略を考える必要があります。どこで見たか忘れてしまいましたが、既に人材が定着する組織としない組織で二極化しつつあるとするような報告もされています。
実は、二極化が進むことと、ぴったりくる文脈があります。これまでの政策では、まずは多くの参入者をもってサービスの量的拡大を促進して、そのあとでサービスの評価設定をして、質的向上を図ることを通して、ある程度の事業者の選別に焦点が移っています。今の市場の大半は多数の小規模な事業者が占めている状況です。もし通常の市場なら、市場原理が働いて成熟化の過程で買収合併が始まって寡占化が起こり、産業内でバランスができあがっていくようですが、社会保障制度を担う福祉業界は規制産業です。市場の変化は政策が促します。ですから、今後のシナリオは、質的向上をテコに事業所の大規模化を進め、それを通して生産性向上を図ると予想されます。
 
 
以上の問題意識に基づいて、組織運営の持続可能性を高めるためにとるべき戦略はどのようなものでしょうか。福祉業界の人材確保は喫緊の課題なので、人的資源管理の点から人事評価や人事考課などが数多く検討されています。ここではそれとは違った角度から、組織の側からではなく、ひとりの個人とその内面を含めた視点で、福祉職の成長過程と女性の働き方について考えてみたいと思います。